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本当は分かっていた。
アイツとRの事を知ってしまえば母は壊れると。
それでも僕は母に知らせた。
母の為という言葉を盾にして、私利私欲に走った。
僕にはアイツの浮気に制裁を下す資格などない。
賭博、飲酒、薬物……。
母を悲しませる行為で言えば、僕のした事とアイツのした事は大差ない。
そして五十万を受け取りながらのこの行動。
受け取った時点で、母を裏切った事を意味しているのに。
僕は、アイツの浮気に加担したのだ。
だから、僕はアイツを責める事が出来る立場ではない。
この点をきちんと理解していた。
だが僕はこういう奴なのだ。
金に目を眩ませ、楽な方に流される。
自分の行いに目を背け、都合の良い“正義”を振りかざす。
卑怯で弱い奴だ。
倒れた母を見て、アイツとRは泡を食って母を起こそうとする。
「母さんに触れるな!!」
それよりも先に僕は母の元へ駆けて行き、母を庇った。
「お前らの汚い手で母さんに触るな。お前らにはその資格はない」
目が点になったアイツとRを睨んで唸る様に言った。
とんだブーメランだ。
僕にもその資格はないのに。
───────
その後、母は病院に送られ、その三ヶ月後に退院した。
声を失い、自力で歩く事も出来なくなった。
歌手としての生涯を終え、車椅子生活の母の代わり、僕は高校を辞めて働き始めた。
賭博も薬物も、あれ以来手をつけていない。
僕は、罪償いをしなければならないのだ。
母をこんな境遇に落とした根本的な原因はアイツ……父だが、直接的な原因は僕だ。
僕が全てを母に告げてしまったから。
僕の犯した罪は、重い。
父よりもずっと。
父がいなくなってから、母の瞳から光が消えた。
虚な瞳には何も映らない。
ただ、この時期になると、母は決まって、静かに滴る雫を眺める。
今年でもう、六年目だ。
「────」
ふと、耳に懐かしい旋律が響く。
悲しくも美しい。
「母さん……」
母の口は動いていなかった。
だが、僕には確かに聞こえる。
魂に響く様な旋律。
母以外の誰にも歌う事が出来ない、母だけの歌。
六月の雫を──。
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