【短編】×××

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「また……。」 ベタつく汗を拭いながら、布団から起き上がる。なんとも気持ち悪い朝である。顔をしかめる気力もなくした頭で二度寝を決め込む。二度寝したら“また繰り返す”と思ったが、どうしようもない。むしろ模索を繰り返しているので好都合かもしれないと、無理やり納得する。そうして私は夢の世界に落ちていった。 目を開ければただただ真っ黒な空間に私は立っていた。方向も分からないこの場所で、迷うことなく歩を進める。 私がここへ迷い込むのはもう何度目か分からない。大体、半年になるだろうか。必ず迷い込むわけではないので正確な回数は不明である。 最初は歩を進めることすら躊躇った。慣れた重い足取りで黒い空間をいくらか歩くと、場面が文字通りぐるりと変わる。正直、夢の中だが酔いそうだ。 次に立っていたのは、椅子のある薄明るい空間。結局ほとんど色は変わらないが、せめての希望であえて薄明るいと表現する。中心に置かれた椅子には一人の少女、かつての親友で、今は連絡も取れない旧友が座っていた。 「ずっと一緒って言ったでしょ。」 彼女が私に向かって優しく微笑む。クーデレの彼女が笑うときは照れたように笑う。微笑むときは少し困った顔をする。そんな私なら分かる違和感。約束が果たされることはなかったという事実。それらが後押しとなって、いつの間にか手に持った剣で斬りつける。 幾度も行っている行為。 初めて訪れた時は、彼女を斬るなんてできなかった。ただ言葉を紡いだ。紡いだ言葉は決して届くことはなくて、会話は成立しているのに (ありえない。彼女じゃない。) と自身の頭の警報でどうしようもなかった。力なく座り込んで泣き出した。 「いなければよかったのに。」 タイムオーバーを告げるように、彼女が私に言葉のナイフを突き立てて目が覚めた。飛び起きた私の呼吸はままならなかった。 斬りつけられるようになったのは一ヶ月ほど経った後だった。斬りつけられた彼女は表情一つ変えず、サラサラと赤い砂を撒き散らして消えていった。 またぐるりと場面が変わる。 次に立っていたのは、古ぼけた木の扉の前。周りが真っ黒なせいもあり、扉の上から下まではっきり視認できる。にも関わらず地面を見れば一歩分しか距離がないのだから、やはりここは夢なのだと安堵する。 しかし息をつく間もなく、後ろから黒い影が忍び寄る。人型とも言えないそれは、本体は黒い空間の奥にあるようで確認できない。ただ数え切れない人と同じような腕が、私を捕まえようと迫ってくる。それら一つ一つが死ねと語りかけるものだから、私は感情を閉ざし扉をくぐる。 ちなみにこれに捕まると、本体の元まで引っ張られて何も見えなくなり目が覚める。どうやら崖の下にいるらしく、浮遊感が体から抜けず、心臓がバクバク言いながら吐き気を催す。 扉をくぐると手は人型になって追ってくる。追ってくるまで少し時間があるし、そこまで早くはないので後ろを振り返らずひたすらに走る。人型は手に何かしらの刃物を所持しており、先程と同じ言葉を繰り返しながら私を殺そうとしてくる。 こちらは捕まると単純に刺される。胸のあたりにとてつもない痛みが走るのと同時に目を覚ます。起きてからも痛みは和らぐもののしばらく消えず、違和感は半日、恐怖感は丸一日残り続ける。普通の顔をして過ごすのに大きな影響を及ぼすので、個人的にはこれが一番嫌いな寝起きである。 不思議なことに体力は切れないが、どうやら感じないながらも疲れはあるようでしばらくすれば速度が停滞する。 地面がアスファルトっぽくなった頃に足を止めると、今度は古びた商店街に景色が変わる。一本道の商店街を前に向かって歩く。半分を切った頃、必ず向かいから黒いフードを被った人が歩いてくる。パーカーに手を突っ込んで歩くそいつを視認すると、先程来た道を、黒い空間に向かって走って戻った。 すれ違えばポケットに忍ばせているナイフで腹部を刺される。避けて通ろうにも、残念ながら後ろから刺されたりと成功したことはない。現時点では戻るのが最善だった。 同じ刺されるだが起きた時の様子は違って、痛みや違和感は伴うものの追われないので恐怖感は低い。なので疲れている時は一番マシな“これ”でわざと起きることもないわけではなかった。 待ってましたとばかりの暗闇。後ろを振り返れば、再び黒に包まれていた。一箇所強く光る場所に歩を進める。 そこに立っていたのは一人の男子。大切な人だ。夢だと分かっている。結局は幻想で、自身の願望が形になっているのだ。分かっていても遠くて会えない彼の顔を見れたことに、何度でも安堵してしまう。しかしその安堵も長く続かない。 「がんばったね。」 手を差し伸べられる。目の前の彼から発されている声が耳に届く。残念ながらそれが本当の彼の声と同じなのかは、なぜか判断がつかない。ただ分かるのは、優しい言葉を口に出して、微笑みながら手を差し伸べる彼が幻想であるということだ。手が自然と首元の服を強く握りしめる。頭が理解することを拒否していた。涙が出そうで、偽物でも泣いているところを見せたくなくて、何とか堪える。 「……ちがう。」 絞り出した言葉はぐちゃぐちゃの思考を、幻想を肯定する。ただひたすらに同じ言葉を絞り出す。何度言ったのだろう。混乱しながら少しずつ叫ぶようになっていって、思い切り息を吸う。 「ちがう!」 思い切り叫ぶと、彼の輪郭が光に溶け出す。消える瞬間、本物の彼と見分けのつかない悲しい雰囲気を出した。 「ごめん。ごめんなさい。」 ひたすらに謝る。意味もわからず謝って、涙で視界も見えなくなった。 残念ながら一度も手を取れたことはないので、どんな結末が待っているのか分からない。もしも手を取って、幸せを壊さずにいられたら。そう思うことがないわけではないが、あれは彼ではないのは分かってしまう。勝手に私の夢に出してしまった罪悪感から逃れるためにも、手を取ることはできなかった。 滲んだ視界に明かりが届く。顔を上げればそこはどこだかも分からない屋上。よく絵でみる、学校の屋上という感じの場所。しかしフェンスはガードレール程度のもので、目の前なんかは設置もされていない。 ふらふらと立ち上がり、夕日を一身に受ける。ようやく終わるのだと、何も感じない心でただ呆然と思う。 高所恐怖症なので最初はただ立ち尽くしたこの場所も、今となってはどうでもよかった。怖くないわけではないので、背中を向けて体重を手放す。 最も私が自分で身を投げなくとも、しばらくすれば後ろから突き落とされる。それでは高所恐怖症を諸にくらうので、以来は自身で終わりを迎えるようにしていた。 浮遊感に包まれて、乾いた笑みがこぼれる。 ぱっと目を開ける。 いつもと変らない布団の上。現実なのか夢なのか判断もつかない頭で体を起こす。もうずっと前から現実がどちらか認識できなくなったので、何も考えず朝の支度をするために立ち上がった。
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