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細い路地裏の奥の一角。身を隠すようにしてカフェ『ivy crawls』は建っていた。 建物の外観は西洋風のお洒落なレンガ造りだが、陽の当たらない奥道にあるため赤色が燻って見える。 窓に絡まる小綺麗な蔦も、暗い中だと壁に蔓延り鬱蒼として見えた。 狙って行かないと見つけられないような、潜窟のような場所。そこで鈴木悠人(はると)は働いていた。 「ありがとうございましたー」 店内に唯一居た客が会計を済ませたため、悠人はそう言って頭を下げた。 カフェの店内は、快晴の日でも薄暗い。 どうしてこんなところに店を構えたのか店長の蒼夜(そうや)に聞くと、「好きだから」という一言が返ってきた。 「一日中、暗くて湿気があって太陽と程遠い。それが良いんだよ」 カビみたいですね、とう言葉を悠人は呑み込んだ。 それは自分も同じ――この、時間感覚を狂わせるような、奇妙な薄暗さに取り憑かれて働いているのも事実である。
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