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ユリコ…
藤原ユリコ…
私の宿敵(苦笑)…
そして、ナオキの前妻…
また、ジュン君の母親…
私をクルマで、ひき殺そうとしたジュン君の母親だ…
思いがけない名前が、出て、驚いたが、さもありなんと、思った…
ここで、名前が出るとは、予想が、できなかったが、さりとて、名前で出ても、驚くことも、なかった…
あのユリコだ…
どこで、なにをしているか?
わかったものでは、ないからだ(爆笑)…
だから、驚かなかった…
すると、和子が、
「…あの藤原ユリコさん…以前、私から、安値で、株を買わされたのが、悔しくて、仕方がないみたい…」
と、笑った…
私は、それを、聞いて、以前、あのユリコが、五井の株を買い占めたのを思い出した…
五井のグループ企業の株を買い占めて、このユリコに、高値で、買い戻させようとしたのを、思い出した…
が、
この和子は、ユリコの言い値に、従わなかった…
ユリコの言い値を無視した…
ユリコが、手に入れた五井の関連企業の株を3倍で、引き取らせようとすると、この和子が、2倍で、引き取ると、言った…
そして、ユリコの背後に誰がいるか?
たしか、ヤクザの高尾組とか、いう名前を口にした…
高尾組は、経済ヤクザ…
その高尾組を出資者として、ユリコは、五井の関連企業の株を買ったらしい…
そして、当たり前だが、その高尾組にユリコは、儲けさせなければ、ならないし、借金なのだから、いついつまでに、ユリコは、高尾組に、借金を返済しなければ、ならない…
その情報を、この和子は、どこからか、掴んで、ユリコに言った…
ユリコの弱みを暴露した…
結果、ユリコは、屈服した…
和子に屈服した…
きっと、それが、悔しくて、仕方がなかったに違いない…
プライドの高いユリコのことだ…
自分が、負けたことが、悔しくて、仕方がなかったに、違いなかった…
私は、今、それを、思い出していた…
「…それで、アナタのお父様に、目をつけた…」
ユリコが、説明する…
「…アナタのお父様は、藤原さんの提案に飛びついた…うまくいけば、架空の投資話に乗って、減らしたお金も、取り戻すことができると、踏んだ…だから、乗った…」
「…」
「…でしょ?…」
和子が、説明する…
長井さんは、その説明に、ぐうの音も出ない様子だった…
ただ、悔しそうな目で、和子を睨みつけていた…
「…でしょ?…」
和子が、もう一度、繰り返した…
が、
長井さんは、なにも、言わなかった…
「…」
と、黙っていた…
すると、突然、和子の怒りが爆発した…
「…さっさと、答えなさい!…」
と、大声で、長井さんを叱った…
それまでの大人の対応が、ウソのように、激しく、叱った…
途端に、長井さんが、ビクッとした…
明らかに、動揺した…
そして、それまで、和子を睨んでいたのが、ウソのように、
「…その通りです…」
と、小さな声で、答えた…
か弱い声で、答えた…
目には、うっすらと、涙が、流れ出していた…
明らかに、役者が違った…
大学を出たばかりの若い女と、その父親をはるかに、超える年齢の女…
五井の分家の娘と、五井の女帝…
その差だった…
あるいは、
人生経験の差…
くぐってきた修羅場の差…
かも、しれない…
この和子が五井の女帝と呼ばれ、五井を仕切ってきた…
先代の五井家当主、諏訪野建造を支えてきた…
その経験が、差を作る…
埋めようのない差を作る…
そういうことかもしれない…
私は、思った…
私は、考えた…
すると、
「…アナタの陰には、あのユリコがいる…」
と、ゆっくりと、和子が言った…
「…藤原ナオキさんの元の妻がいる…」
和子が、予想外のことを、言った…
すでに、私は、当然、知っていたが、予想外のことを、言った…
なぜなら、なぜ、このタイミングで、ナオキの名前が出るのか?
わけがわからなかったからだ…
「…あのユリコ…藤原ナオキに、必死になって、接触を試みた…」
「…エッ?…」
思わず、声に出してしまった…
いけないと、わかっていても、つい、声に出してしまった…
我ながら、大人げない…
が、
和子は、私を叱責することなく、私を笑って見た…
「…寿さんが、驚くのも、無理はない…」
楽しそうに、笑いながら、私を見た…
そして、
「…だから、藤原さんは、逮捕された…」
と、続けた…
「…エッ?…逮捕?…」
と、またも、声に出してしまった…
すると、今度は、私ではなく、長井さんが、
「…どういう意味ですか?…」
と、聞いた…
和子に聞いた…
「…五井は、警察を退職した人間を数多く、受け入れてます…」
和子が、説明する…
「…いわゆる、天下りね…警察庁を定年退職したお偉いさん…例えば、警視総監だったり、神奈川県警のトップの本部長だったりした人間…そんなお偉いさんを、五井の各企業の顧問として、迎えている…」
「…」
「…当然、その見返りはある…」
「…どういう見返りですか?…」
と、長井さん…
「…例えば、誰かが、逮捕されたりするのを、事前に知ることができる…」
「…どうして、できるんですか?…」
「…警察のつながりよ…」
「…つながり?…」
「…警察のお偉いさんも、いずれは、定年退職する…だから、天下り先を確保しなければ、ならない…それで、すでに、天下りをした退職者と、つながっている…情報を提供してくれる…」
「…」
「…藤原ナオキは、そのリストに上がっていた…だから、こちらから、天下りした退職者の方を通じて、逮捕させた…あのユリコが、接触できないようにした…」
「…」
「…そして、同じく、脱税の疑いで、逮捕されるかも、しれないと、懸念があった、伸明は、すみやかに、追徴課税を払って、難を逃れた…世の中、そういうものよ…」
和子が、笑いながら、説明する…
私は、その内訳を知って、仰天した…
まさか…
まさか、ユリコが、ナオキの逮捕に関係しているとは、思わなかった…
直接、関係しているわけでは、なかったが、ナオキの逮捕に、ユリコが、関係しているとは、夢にも、思わなかった…
だから、唖然とした…
唖然として、和子を見た…
すると、当然、和子も私の視線に気づいた…
「…寿さん、驚いたようね…」
「…ハイ…驚きました…」
「…寿さんは、あのユリコと仲が悪いですものね…」
和子が笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
それを、見て、私は、あらためて、この和子は、見抜いている…
全部を見抜いていると、思った…
私のことを、全部、見抜いていると、思った…
私とナオキの仲…
私と、ユリコの仲を見抜いていると、思った…
そして、それを、思うと、あらためて、役者の差を思った…
長井さんと、和子の役者の差ではない…
この私、寿綾乃と、和子の役者の差だ…
あまりに大きな差…
仮に、私が、和子の年齢に達しても、和子のようには、なれまい…
地位がひとを作るというが、私が、これまで、経験したのは、FK興産のみ…
もちろん、若いときには、他で、バイトをした経験はある…
他で、働いた経験はある…
しかしながら、従業員を千人も擁するような、会社で、社長秘書として、働いた経験はない…
しかも、FK興産を創業以来、私は、社長のナオキのそばにいた…
身近で、ナオキを支えてきた…
要するに、従業員が、片手の指で、足りるぐらい少なかった時代から、千人を擁する企業になるまで、ナオキを支えてきた…
これは、人間でいえば、赤ちゃん…
生まれたときから、成人するまで、間近で、見守ってきたとも、言える…
だから、文字通り、愛着があるし、ハッキリ言って、ナオキの右腕として、FK興産をここまで、大きくした自負がある…
が、
しかしながら、所詮は、従業員千人程度の会社…
この和子のように、四百年も続く老舗企業ではない…
たかだか、創業十五年程度の会社…
おまけに五井は、五井グループの従業員全員の数は、数十万に達するに、違いない…
FK興産と比べるまでもない、大企業…
そんな大企業を仕切る和子と、私とでは、比べるまでもない…
仕切る人間の数が、全然、違うのだ…
だから、当然、気苦労もまた、私の比ではあるまい…
この寿綾乃の比では、あるまい…
そして、その気苦労が、ひとを育てる…
ひとの器を大きくする…
その結果、誰にも、引けを取らない人間を作る…
どこに出しても、おかしくない人間を作る…
そういうことだ…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…リンと接触したのも、あのユリコの命令ね…」
と、和子が言った…
が、
長井さんは、
「…」
と、黙ったまま、答えなかった…
うんともすんとも、答えなかった…
すると、またも、和子の怒りが爆発した…
「…聞かれたことには、さっさと、答えなさい!…」
と、怒鳴った…
途端に、長井さんが、蚊の鳴くような声で、
「…そうです…」
と、答えた…
それを、聞いて、和子は、納得したようだ…
私を見て、ニコッと、笑いかけた…
それから、
「…女の恨みは、怖いものね…」
と、笑った…
「…あのユリコさん…私に株を安く買い叩かれたことを、まだ根に持っているみたい…」
と、言って、笑った…
「…怖い…怖い…まだ、根に持っている…
女は、怖い…執念深くて、怖い…」
と、言って、自分のカラダを手で抱いて、おおげさに、震える姿を見せた…
それから、すぐに、真顔になって、
「…でも、それでは、ダメよ…」
と、言った…
私は、つい、
「…どうして、ダメなんですか?…」
と、聞いてしまった…
「…過去は、過去…いつまでも、ひとつの過去に縛られていちゃダメ…過去にとらわれていては、ダメ…」
和子が、答える…
それから、長井さんに向かって、
「…それは、アナタも同じ…」
と、言った…
「…どう、同じなんですか?…」
「…アナタが、お金持ちだったのは、過去の話…アナタは、もはや、一般人…お金持ちでも、なんでもない…」
と、和子が、冷徹に告げた…
その途端、長井さんは、号泣した…
<続く>
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