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一杯のカクテル
薄暗い店内に心地よいジャズが流れていた。ツヤのある板張りの床。顔が映り込みそうなほどに磨き抜かれたカウンターの奥には多種多様のボトルが並んでいる。
カウンターの頭上、左右にはそれぞれモニターがあり、二十世紀を代表する喜劇王チャールズ・チャップリンが作業着姿で慌ただしく動き回っていた。
古き良きアメリカンスタイルのオーセンティックバーであるが、カウンター席のほかに四人がけのテーブル席が二つあることを考慮すればダイニングバーと呼んでも良いかもしれない。
この店の名はモダンタイムスという。先ほど紹介したチャップリンの名作モダンタイムスから名付けられたものだと思われる。
毎日慌ただしく働く労働者のためのバーをイメージしてか。それとも人間性を置き去りにして発展と拡大していくことを義務付けられている資本主義社会を憂いてなのか。それは分からない。すべてはカウンターの奥で微笑を浮かべている一人のバーテンダーの心の内である。
黒崎隆一。彼がこのモダンタイムスの統括バーテンダーだ。
整髪剤でオールバックに固めた髪。細目だがその奥の眼光は鋭く、上唇に沿うように生えた口ひげは品良く整えられている。三十代のほっそりとした体形で、脚は長く、身長は一七〇以上はありそうである。
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