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「カルピスジンジャーをお願い」  現場に復帰すると早速注文が飛んできた。いつの間にかメニューにないドリンクを注文する客が増えている。と言っても手元にある二種のソフトドリンクを混ぜるだけなので問題ないのだが。 「何か甘くないさっぱりしたドリンクはないかい?」  三十代くらいの男性だろうか。具体的なドリンクの名称も言わずに抽象的な注文をしてきて、黒崎はちょっと思考停止した。  甘くなくて、さっぱりしたもの。何かあっただろうか。  そのとき黒崎の脳裏を先ほどバックヤードで飲んでいたドリンクが過った。 「少々お待ちください」  黒崎は大急ぎでバックヤードから辛口ジンジャーエールを持ってきて、グレープフルーツジュースと混ぜ合わせると「こちらでどうでしょうか」と男性客に差し出した。 「ロシアンハートがあるのか。やるね」 「ロシアンハート?」  黒崎は意味が分からなかった。  もしかして、このミックスジュースのには名前があるのか。  疑念を晴らすように男性客が教えてくれた。 「なんだ。知らないで作ってくれたの? ジンジャーエールとグレープフルーツジュースをミックスしたものをロシアンハートと呼ぶんだよ」 「へぇー」 「カクテル」 「カクテル? ジュースなのに?」 「そう。世の中にはお酒を使わないカクテルもあるわけ」  男性客は黒崎の作ったロシアンハートをゴクゴク飲みながら、もう片方の手で感謝を表して去っていった。  ノンアルコールカクテル。黒崎たちは未成年なのでまだ飲酒はできないが、ミックスジュースなら気兼ねなく飲むことができる。 「カルピスアップルをお願い」  次の注文にはシェイクが必要だった。  シェイカーにリンゴジュースとカルピスを入れて振る。比率はリンゴジュースが一でカルピスが二くらいの割合である。淡白な味と濃厚な味を混ぜるときには濃厚な味の比率を低くする。均等に入れると淡白な味が負けてしまう。  異なるフレーバーどうしの掛け合わせ。これは飲み物だけではなく食材の味や食感に置き換えても言えるのではないだろうか。  黒崎は食に興味はなかった。菅や三井は食べることの楽しみを何度も黒崎に語っていたが、黒崎はイマイチ理解できずにいた。  だけど作って提供する喜びは理解できた。だから、料理の基本や作るための手法を知りたいと思った。  こうして黒崎隆一は調理師専門学校に進学することになった。
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