一杯のカクテル

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「次は何にしますか?」  黒崎は落ち着いた口調で訊ねてきた。  私は少し考えてから「コスモポリタンをお願いします」と注文した。 「はい」  黒崎は軽い返事をしてすぐさま作業に取り掛かった。  ウォッカとコアントロー、クランベリージュースにライムジュース。これら四つの材料と氷を丁寧にシェイカーに入れていき、シェイクする。  液体と氷が混ざり合うリズミカルな音。両手でシェイカーを握り、小刻みに動かしながらドリンクを作り上げていくその所作は、実に堂々としたもので、まさに職人技だった。 「お待たせしました」  カクテルグラスに注がれて出てきたのは美しい赤が特徴的なコスモポリタンである。  薄闇の中でも映える赤。コスモポリタンを注文するのは今回が初めてではないが、何度見ても美しいと思う。  早速グラスを手にとって口元に運ぶ。  クランベリーの甘さとフレッシュライムと組み合わさった酸味が心地良く、それに続いてコアントローとウォッカが存在を主張してくる。とても美味しいカクテルだった。 「マスターのカクテルはやっぱり最高ね」  お世辞ではなかった。カクテル単体の評価は視覚、嗅覚、味覚の三つの要素で評価されるが、誰が何処で作ってくれて、誰とどんなタイミングで飲んだかによっても評価は変わっていく。  そう考えていくと、このモダンタイムスで、心地よいレベルにまでボリュームを抑えられたジャズを聴きながら、黒崎隆一の作ったカクテルを飲むというシチュエーションは、最近の自分にとても合っていた。
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