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「目標が見つけられないんだよね」 「明確な目標を持っている奴の方が少ないさ。もちろん目標はあった方が良い。自分のやらなければならないことが見えるからな」 「やらなければならないことねぇ」  体育の授業中だった。柔道の組み手。黒崎と菅は互いの道着の襟元を掴み、相手の隙を伺っていた。 「どうした? 仕掛けて来ないのか?」 「お、おう」  柔道有段者の菅に技を仕掛けるのは勇気がいる。この前も柔道の稽古で菅と組み手をやって盛大に宙を舞っていた。  勝利の快感は一時だが負けたときの記憶は根深く残る。技を仕掛けようと思ってもあっさりと返されて自分がやられるイメージしかできなかった。 「受け身でいたらやられるだけだぞ」  菅が煽ってくる。だけどその通りだと黒崎は思った。  菅の襟元をしっかりと掴み、軽く足払いをかけてみる。菅はびくともしない。  むしろ仕掛けた隙を逆に狙われて、軸足を刈られそうになる。  黒崎は全体重をかけるようにして菅の身体を押した。菅は踏ん張るが二三歩後ずさる。  そのタイミングで足を引っ掛けて後ろに転倒させようと試みる。これならいけるか。  そう黒崎が思った瞬間、菅の体重がフッとなくなった。そしてそのまま懐に入りこまれて勢いよく引っ張られた。  天と地がひっくり返る。  背負投げ。柔よく剛を制すという柔道の代名詞と言っていい技だった。 「大丈夫か?」 「あ、あぁ」  菅が襟元をしっかりと引っ張っていてくれたおかげで後頭部を強打することはなかった。  それにしても完敗である。端から勝てる相手ではないのは分かっていたが、これほど見事にやられてしまうと完全にお手上げである。 「やっぱり菅さんは強えーや」 「中学の頃からずっと続けているからな」  菅さんは自分の道着を整えながら応えた。クールである。 「黒崎は何かないのか? ずっと続けていること」 「ないッス」  黒崎は笑顔で即答した。その潔さ?に菅は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔になると「じゃあ、何か始めないとな」と言って手を差し出してきた。  黒崎は菅に引っ張られるようにして立ち上がった。 「菅ぁー! 投げ技はほどほどにしておけよー」  体育教師の声が遠くから飛んできていた。
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