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楽しい学園生活
授業が始まって早一か月が経とうとしていた。
王子アンリと同室の寮生活なんて一体どうなってしまうのか不安しかなかったけれど、学園での生活はセレナの想像以上に楽しいものになっていた。
「あの、殿下、さっきの魔法構造についてなんですけど……」
「ん」
昼食後、セレナはすっかり定位置になった隣のアンリに開いた教科書を見せて、授業でわからなかったところを聞いていた。アンリは相変わらず寡黙で、必要以上の言葉は基本発しないのが常。セレナも今ではそれがアンリのフォーマットだとわかっているし、尋ねたことにはちゃんと返してくれるので特段思うところはない。
それに、魔法の知識と技術に長けているアンリに聞けば、大抵の疑問は解決した。
元々魔法が好きだったセレナにとって、魔法について話せる相手がいるのが嬉しくて楽しくてたまらない。
「二人は本当に魔法が好きだよねぇ」
しみじみとギャスパーが言う。
「ホント、休み時間まで魔法の話とか勘弁ー」
ジョシュアは背もたれに寄りかかって、あくびを一つ。今にも寝てしまいそうだ。
そんな二人にも構わず、セレナとアンリは顔を突き合わせて教科書を覗き込みあーでもないこーでもないと休み時間が終わるまで魔法について話していた。
「授業が終わったら、ギャスパーに教室まで送ってもらうんだぞ」
「はい、殿下」
昼休憩後、選択授業のため別の教室へと向かう別れ際、念を押すアンリにセレナは頷く。お決まりとなったその光景を、ギャスパーとジョシュアは優しく見守るだけ。
アンリの過保護っぷりは、寮の中でも変わらない。食堂やランドリーに行くときも一緒と徹底している。そのため、セレナがアンリの“お気に入り”というのは周知の事実となり、学園中で噂となっていた。
「ギャスパー、ごめんね。いつも」
アンリたちと別れた後、教室へと向かう途中でセレナは隣を歩くギャスパーに謝った。自分が頼りないせいで、アンリやギャスパー、ジョシュアにまで迷惑をかけてしまっている事には本当に申し訳ないと思っていた。特にギャスパーには週三回もある選択授業の送り迎えをさせてしまっている。それもアンリから頼まれるのだから、断りたくても断れないのだ。
「全然大丈夫だよ、殿下に頼まれなくても僕もカイルを一人にするつもりないから」
「ギャスパー……」
笑顔でそう言われて、セレナは胸が熱くなった。
自分はつくづく優しい友達に恵まれたなと思う。
(なのに、私はみんなになにも返せていない)
守られて優しさをもらうばかりの自分が情けない。
なにかみんなのために自分ができることがあるだろうか。そういくら考えてもなにも思い浮かばない。非力な自分が彼らに与えられるものなどあるわけがなかった。
「僕が頼りないばっかりに……ごめん」
「僕は思うんだけど……、人は不完全な生き物だから、足りない部分はお互いに補い合って助け合っていけばいいと思ってる。だからさカイル、誰かになにか嬉しいことをしてもらった時は、なんて言うのが正解?」
「……ありがとう」
「大変よくできました! はなまるー!」
ギャスパーは両手を使って大きな丸を作ってみせた。
目が無くなるくらいの弾ける笑顔に、セレナも釣られて破顔一笑する。
目尻から滲む涙が頬を伝う前に手で拭い取った。
「それにしても、殿下のカイル大好きっぷりはすごいね」
「だっ……、で、殿下は優しい人なんだよ」
アンリの優しさに触れると、時折自分がカイルだということを忘れそうになってしまう。今までは特に父親の目があった手前、常に意識して振舞っていた。だけど、かつてのカイルを知る家族や親族、知人のいないここは、セレナを解放的な気分にさせるのだ。自分に無条件で優しくしてくれるアンリの前だと殊更に。それに甘えてしまっている自分をセレナは自覚していた。
「確かにさ、噂みたいな冷たい人じゃないってわかったけど、カイルだけは別格。超特別待遇」
「ふっ、なにそれ、そんなわけないよ。贔屓目に見ても同室のよしみってくらいだよ」
「……」
王子という立場から、弱い人間を見ると放っておけないのだろうとセレナは思っていた。
急に無言になったギャスパーを振り返ると、彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔でセレナを見ていた。
「ギャスパー?」
「カイル、それマジで言ってる?」
「え……今、冗談を言う要素あった?」
首をかしげるセレナを見て、ギャスパーはつぶやく。
「うわぁ……殿下かわいそ……」
「え、なに?」
「いや、なんでもない。授業始まるから急ごっ」
駆け出したギャスパーの後をセレナも追った。
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