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「あぁ、あれはね、殿下のそばにいる生徒がものすごーく美人だって僕たちのクラスで噂になってたんだよ」
「びっ……美人だなて……僕は男なのに……」
恥ずかしさのあまり、セレナは再びフードを被った。
「あはは、カイルってば照れてる可愛いー」
「んで、これまた美丈夫の殿下と並んでるから、別世界過ぎてだれも近寄れないってみんな嘆いてる」
「そんな風に思われてるなんて……」
アンリがかっこいいのは納得だけれど、自分に美人などという形容詞は似合わないし、そう言われることには慣れていない。増してや、自分がそばにいるせいで近寄りがたい雰囲気を作ってしまっているのは、なんだかアンリに申し訳ない気持ちになった。
「殿下……、あまり僕と一緒にいない方がいいかもしれません……」
「俺は別に構わない」
「で、でも……みんな殿下とお近づきになりたがってるんですよ?」
「俺は魔法を習いにここに来た。仲良しごっこをしに来たわけではない。──君は俺がそばにいたら迷惑だろうか……」
「迷惑だなんて、そんなわけありません!」
(注目を浴びるのだけは勘弁だけど……)
そんなことを言えるはずもなく。
周りも日が経つにつれて興味も薄れていくだろう。
そう思って諦めるしかなさそうだ、とアンリの態度を見て思った。
「でも……今日の噂で思ったけど、カイルはできることなら殿下のそばにいた方が良いと思うんだ」
「……? どういうこと?」
「その、ね……」
きょろきょろと周りを警戒しながら、ギャスパーはこちらに身を乗り出して声を潜める。
「可愛かったり綺麗だったりする生徒は、男でも性欲発散の相手に狙われることがあるとかないとか」
「っ」
セレナはぎょっとして目を見開いた。女の身ならまだしも、男でもそんな心配をしなければいけないのかと怖くなる。女の自分が襲われたら、抵抗してもその力の差は歴然だから無意味に終わってしまうだろう。
「僕の兄さんがここの卒業生で、過去にもそういうことがあったって聞いたことがあるんだ」
「それは、俺も小耳にはさんだことある。しかも、ほとんどは低階級の生徒が狙われて、泣き寝入りだって聞いたな」
「ひどい……」
「だから、こんな初日から美人だって注目されてるカイルはちょっと気を付けた方がいいと思うんだ」
「ギャスの言う通りだ。お前は殿下のそばにくっついてろ……って、まぁ殿下が許してくれるならの話ですけど」
二人の視線が向けられたアンリはゆっくりと頷いて、「問題ない。はなからそのつもりでいる」ときっぱりと言い放った。
「え……」
(はなからって……一体いつから?)
セレナの頭の上にはてなマークが浮かぶ。まだ出会って二日しか経っていないのにと、不思議に思ったが今の論点はそこではないなと頭から打ち消す。
セレナからすれば、王子という絶対的立場にいるアンリに後ろ盾についてもらえることほど安心なことはない。だけど、王子にくっついて、挙句の果てに守ってくれなんて頼んでいいのだろうか。
(いや、だめに決まってる。殿下をボディガード代わりにするなんてだめ)
「さ、さすが殿下! 話が早い。な、なぁ、ギャス」
「う、うん、そうだね! 殿下がついててくれれば僕たちも安心だなぁ~」
二人は、予想外のアンリの返事にたじろぎつつも、当事者のセレナを置き去りにして話を勝手に終わらせようとしているではないか。セレナは焦って前のめりに訴えた。
「で、でもっ、殿下には殿下のご都合がありますから!」
「俺は構わない」
「ほら、殿下もこう言ってくれてるんだ。ありがたく頼んでおけばいい」
「そうだよカイル。くれぐれも一人で行動しちゃだめだからね」
「そんな……」
多勢に無勢とはこのことで、セレナはそれ以上の反論を許してもらえなかった。
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