トマトに戸惑う

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風邪をひいていたが出勤した。 今日は新製品の薬の初生産日だったからだ。 「あら、谷原(たにはら)くんって、目が奇麗なのね」 林薫子(はやし かおるこ)博士が、マスクをしている僕へと言ってきた。 「目から下はダメっすか?鼻とかダメっすか、口とか、 げっ、げほっ、げぼぼぼほっ!ぶごほぉっ!」 つけているマスクが飛びそうなほどの咳をして、研究所員たちにも 呆れられたり、笑われたりしたが、僕は改めて姿勢を正して立った。 もちろん所員はみんな気の良い仲間たちって感じで大好きだ。 「谷原さん、大丈夫ですか?」 佐田恵美(さた めぐみ)さんが、心配そうな声で僕を見上げてきた。 身長153センチの彼女は、身長183センチの僕と差があり過ぎる。 あぁ、佐田さん、誰にでも優しいから本気の心配......幸せです! そして上目遣い、たまらんです! お父さん、お母さん、僕を大きく育ててくれて、ありがとう! とか、個人的な感情で浮かれている場合じゃないんだ。 アトリ研究所は様々な研究が進行しているが、今回は世の中を 変えるかもしれないほど画期的だ。 人が『平穏な気持ち』を持続できる鎮痛剤。 脳内ではなく、直接、心に作用する成分を開発したのだ。 これは抗うつ剤とかの分類ではない。 全般的なストレスに効果をもたらす作用がある。 たとえば上司に怒られて落ち込んだときとか。 ステージや舞台に立つときの緊張とか。 試験のときの動揺とか。 多様に使えるわけだ。 「では、薬の生産を本格的に始めます」 林博士は白衣を着ていなければカッコイイおねーちゃんって感じだ。 身長175センチで抜群のスタイルでハイヒールを鳴らして装置へと 向かい、レバーを押した。 近代的デザインの機械の先のレーンから錠剤が出る仕組みだったが 出てこなかった。
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