PK

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 雲一つない青空の下、サッカーグラウンドから熱気がみなぎっていた。  俺の名前は熱伊 情(あつい じょう)。「FC努力」のフォワードとして、「FC仏」と熱戦を繰り広げていた。体内を駆け巡る水分が蒸発するのではないかと心配になるくらいの、とても熱い試合だった。  前半、後半、さらには延長戦までもが終わり、スコアは1対1。  試合が延びに延びた末、決着はつかなかった。  PK戦で勝敗を決する時がきた。  蹴る順番が回ってきた俺は、サッカーボールをグラウンドに置き、ゴールに向かって顔を上げた。  うーむ、困った。  俺は困惑していた。  なぜなら、ゴールを守るのはFC仏の主力ゴールキーパー千手観音(せんじゅかんのん)だからだ。  その名の通り、彼には1000本の腕があると思われる……が、ちゃんと数えたことがないから、正確な数はわからない。  そんな事よりも、推定1000本の腕を持つ彼からどうやってゴールを決めたらいい?  我がチームながら、よく1点入ったなと感心する。ちなみに1点を決めたのは俺ではない。俺からの熱いパスを受けたもう一人のフォワードが決めてくれた。千手観音の腕が何本あろうが、気合と根性があれば1点くらいは取れる。我がチームはそれを証明してくれた。やはり気合と根性と努力こそが全てなのだ。それにーー以下略。  いらない事も含め、俺はあれこれ考えながら、千手観音を観察した。  彼は菩薩様のような静かな微笑みをたたえ、1000本の腕をわちゃわちゃと動かしていた。そんな彼の姿を見ていくうちに、俺は閃いた。  そうか!  あそこなら入る! 絶対に!  俺は決意を固め、千手観音をにらみつけながら構えた。 「いくぞ! 千手観音! これが俺の熱苦しい魂のシュートだ!」  千手観音もまた、俺の決意を感じ取り、にらみ返しながら、手足を広げた。 「ほーっほっほ! およそ1000本の守りの恐ろしさを思い知らせてやりますよ!」  俺と千手観音の背後には、炎の壁が轟々と燃え上がっている……ような気がした。  俺たちの熱いPK戦が今、開幕した。  サササササ!  俺はボールに向かって小刻みに走った。 「いっけぇぇぇ!!」  と、俺は腹式呼吸で叫びながらボールに情熱を込め、程よい力加減で蹴った。  千手観音はおよそ1000本の腕を適当に振り回した。 「ほーっほっほ! この私に止められないボールなど……」  と、千手観音が高笑いをしている間に、ボールは彼の股下をコロコロコロコロコロコロコロコロと中途半端な速度で転がり、ゴールに吸い込まれた。 「ば、馬鹿な!」  千手観音はゴールラインを超えたボールを凝視した。まるで幽霊を見ているかのような表情だった。  俺が選択したのはコロコロシュートだ。  PK戦におけるコロコロシュートとは、ボールを蹴る直前まで相手をフェイントで惑わし、予想外の方向にボールをコロコロと放つ技。この予測不能な展開に、キーパーは混乱し、身体が凍りつく。鋼のような意志の強さと、一流キーパーを翻弄するほどの高度なフェイント技術が求められる。まさしく超絶技巧のシュートだ。  かつて元日本代表の選手が著名な元オランダ代表キーパーを相手に、コロコロシュートでゴールを決めた伝説がある。本当だぞ。 「およそ1000本の腕を持つ私から2度もゴールを奪うとは……!」  千手観音は地団駄を踏みたそうにしていたが、貧乏ゆすりをしているだけに留まった。およそ1000本の腕が邪魔なのだろう。  千手観音はおよそ1000本の腕を持つ恐ろしいキーパーだ。しかし、そんな彼も股下はスっカスカだった。しかも腕は1000本あるだけで、伸びるわけではない。  千手観音の弱点をつきゴールを奪った。その事実に俺は目頭が熱くなりかけた。 「やったーーー! 熱伊ぃぃぃっ! すごいじゃないか!!」  涙目の仲間たちが歓喜の叫びをあげ、俺に駆け寄ってきた。  俺たちは千手観音からPKでゴールを決めた喜びをわかちあった。  しかし、これはまだ最初のPKだった。これからも蹴り続けなければならない。  当然のことながら、2回目以降は通用しなかった。  そしてFC努力は敗れた。  だが、俺たちは満足だった。およそ1000本の腕を持つ千手観音から1点取り、PKも1度だけゴールを決めた。この感極まる試合は俺たちの胸に深く、深く刻まれた。  観衆は誰もいない。  なぜなら、これはただの練習試合だった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!