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「なにを言っているのだ。私は伐採を許可した覚えはないぞ。いったいどこの誰の許しを得たというのか!」 「ええ、それはそうでしょうとも。許可は別のお方からいただきましたからねえ」  数馬は顔役を睨みつけながら、低い声で凄む。だが、顔役は余裕の態度で、数馬を小馬鹿にしているような嫌な笑みを浮かべていた。 「……許しは私が出したのだ」  数馬が顔役を追及しようと口を開きかけたとき、彼の背後からよく通る低い男の声がした。  顔役の背後から姿をあらわしたのは、見覚えのある恰幅のよい男だ。  声の主、加藤(かとう)はゆっくりと顔役の前へ歩み出る。  加藤は顔役同様に余裕の態度で笑っている。しかしながら、こちらは数馬を馬鹿にしているというよりは、眼中にないといった様子だった。 「……これは加藤さま。お久しぶりでございます」  数馬は加藤に向かって丁寧に頭を下げながら、挨拶の言葉を口にした。  加藤はそんな数馬には目もくれず、作業をしている人足たちの方を見ながら機嫌よく話しだした。 「なにやら大騒ぎをしておるが、このお山の伐採の許可は私が出したのだ」  加藤は片倉と同じく土砂留め奉行のお役目を担っている武士だ。  ただし、片倉が町奉行所に所属しているのに対し、加藤はこの地を治める藩の家臣である。 「山に緑が増えたせいで、田畑を獣に荒らされる被害が増えてきているというのでなあ。対処に苦慮していると訴えがあったので、ならば緑を減らして獣の住処を無くせばよいと言うたのじゃ」  加藤の言葉を聞いて、してやられたと数馬は心の中で舌打ちをした。  この地に土砂災害が起きないように取り締まる権利は片倉にある。  とはいえ、木々の伐採理由を、田畑が動物によって荒らされる獣害対策のため、と言われてしまえば、強く口出しができなくなる。  藩行政に町奉行所が干渉してくるのかと、抗議をされる可能性があるからだ。  ──こざかしい真似を。この態度からして、きっとこいつの考えなのだろうな。    数馬はニヤニヤと笑っている顔役を横目で睨む。そこまでして金が欲しいかと怒鳴りつけてやりたい衝動を抑え、数馬は加藤に声をかけた。 「おそれながら加藤さま。田畑が動物に荒らされてしまうという村人たちの苦労は察しますが、この山の緑を減らすことは大変に危険かと……」 「木がないなら土砂留め場を増やせばよかろう。留め場が増えれば土砂崩れも起きない。田畑は獣に荒らされることもなく、村人たちは穏やかに過ごせるのだ」  加藤は数馬の言葉を遮るように口を開いた。こちらの言い分は聞く気はないということがよくわかる態度だ。  しかし、数馬はここで負けてなるものかと話を続けた。 「それでは根本的な解決にはなりませぬ。獣害対策であれば別の手段を……」 「木を売った金があれば、堤を作り直す金も村で用立てることができるのだ。全てが丸くおさまるのだぞ」  加藤はそこまで話すと、音を立てて地面を蹴りつけた。突然の加藤の行動に、数馬は面食らってしまう。 「お主はどのような立場で私に意見をしているのだ。……婿入りして一年やそこらお役目についただけの若造が!」  加藤はようやく数馬に視線を向けてきた。その顔は怒りに満ちている。  数馬は返す言葉がみつからず、黙りこんでしまった。
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