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12
「おやおや加藤殿。これはうちの者が失礼をした」
数馬が行き詰まってどうにもならなくなっているところへ、片倉がやってきて加藤に声をかけた。
数馬は片倉がこの場に姿をあらわしたことに驚き、動けなくなってしまう。片倉はそんな数馬を庇うように、さっと目の前に立った。
「どうかここは私に免じて。今日のところは許してやってはもらえないだろうか」
「……あ、ああ。私はべつに彼を責め立てていたのではないぞ。そのように頭を下げていただくことではござらぬ」
「それはようございました。加藤殿がこちらにいらしていたとは存じ上げず、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ない」
片倉は詫びを口にしてはいるが、まったく悪びれる風もない。胸を張った堂々とした態度で、加藤に向かって頭を下げた。
さすがの加藤も、片倉に頭を下げられてはそれ以上数馬を責めることはしなかった。
片倉はあらわれてすぐにこの場を丸く収めると、和やかに加藤と立ち話をはじめた。
「……申し訳ございませんでした」
加藤との会話が途切れたところで、数馬は片倉に頭を下げさせてしまったことを詫びる。
「ここはもうよい。私が加藤殿の相手をしているから、お前は頼んでいることを調べに行きなさい」
片倉にそう言われてしまい、数馬はそこで村役人と別れて山を下りた。
一人でとぼとぼと川沿いの道を村に向かって歩く。
数馬が義父から家と役職を継いで一年と少し、なにもかもが順調だったわけではない。お役目について学んではいるが、当然ながらわからないことが多い。そのうえ、奉行所での人間関係は壊滅的といっていい状態だ。
しかし、上役である片倉に頭を下げさせてしまうということは初めてだった。
「……なんと情けないことか。これでは義父にも小雪にも合わせる顔がないではないか。このままで父親になんてなれるわけがない」
自宅で待つ臨月の妻の顔を思い浮かべて、数馬は悔しさから拳を強く握った。
酷く動揺をしていたからか、数馬は例の女があらわれた橋のたもとまでやってきていたことに気がついていなかった。
「──っ痛!」
考え事をしていたせいで、何かにぶつかってしまった。
姿勢を崩して倒れてしまいそうだったのをどうにか耐えて、数馬はぶつかってしまった何かに目をやった。
「……っも、申し訳ございません! お侍さまがいらっしゃったとは気がつかず……」
そこにいたのは大柄な男だった。
男も最初は何とぶつかったのか理解していなかったのだろう。驚いた顔をしてこちらを振り返ったが、数馬と視線が合うと顔を青くして震え出した。
男は立派な体格といかつい顔からは想像ができないくらいに身体を縮こませると、勢いよく地面に膝をついて土下座をする。
「いやいや、こちらこそぼんやりとしていてすまなかった。怪我はないか?」
「私は大丈夫です! お、お侍さまはお怪我ございませんか⁉」
数馬は問題ないと何度も伝えるが、男はこの世の終わりのような顔をしたまま立ち上がろうとしなかった。
いつまでも男が地面に伏したままでいるので、このまま立ち去ってもよいものかと考えていると、どこからか声が聞こえてきた。
「……あのう、お侍さま。うちの人がどうかしたのでしょうか?」
吐息のような声だった。
数馬はどこから聞こえてくるのかわからずに、ぐるりと辺りを見回す。すると、河原に一人の女が佇んでいるのが見えた。
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