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13
女は困惑した表情で首を傾げている。彼女は数馬と土下座をしている男の交互に視線をうつしながら、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「この男の奥方、なのか?」
「……はい、その通りでございます。いったい何があったのでしょう」
数馬が尋ねると、女は遠慮がちに頷きながら返事をした。
大柄でいかつく、どちらかといえば無骨な雰囲気さえする男と、夫婦であるとはすぐに信じられない。はかなげな美しさを持つ女性だ。
同じ美女でも快活な雰囲気の小雪とは真逆だ、そんなことを考えながら数馬は女を凝視してしまっていた。
はたから見ると、女の美しさに見惚れているように感じるかもしれない。それに気がついて、数馬は慌てて女から視線を逸らすと、わざとらしく困った顔をして会話を続けた。
「……私が不注意でご主人にぶつかってしまっただけなのだ。どうか無作法をお許しいただけると助かるのだが」
「まあ、そうだったのですか!」
女は不安げな表情から、いっきに明るい雰囲気へと変わる。彼女は軽やかに歩きながら地面に膝をついている男の隣に立つと、優しく背中をさすりながら声をかけた。
「ねえあなた、あまり大げさにしていると却ってお侍さまを困らせてしまうわよ。しゃんとお立ちなさいな」
「だけどもよ。あまりに大きな声で痛がってらしたから……」
「誰だってついうっかりこんな大男にぶつかってしまったら、びっくりして大きな声が出てしまうだけよ。ねえ、お侍さま?」
男の発言に、それは違うと反論したくなった。しかし、女が力強い視線で同意を求めてくるので、数馬は頷くしかなかった。
「あ、ああ。つい大げさな反応をしてしまっただけなのだ。本当にすまなかったな」
「ほら、こう言ってらっしゃるのだから。いつまでもそうしているのは失礼よ」
女はそう言いながら男の腕を掴んで、強引に立たせようとする。男は納得いっていないという顔をしていたが、女に従ってすぐさま立ち上がった。
見た目こそはかない雰囲気の女性だが、性格は小雪とそう変わらないのかもしれない。
数馬が巡回に出かける前に、大きな腹を抱えて玄関まで出てきて見送ってくれたときの小雪の様子と、目の前にいる女が重なって見えた。
「あらお侍さま。どうかいたしましたか?」
「……ん、いや。どうもしないが」
「なんだかとても嬉しそうに微笑まれてらっしゃるから」
女がそう言って笑うので、数馬はすぐに表情を引き締めた。笑っているつもりはなかったが、どうにも先ほどから気が緩んでいるらしい。
「ふふふ。今のように難しいお顔をされているよりも、先ほどのように笑ってらっしゃる方が素敵だわ」
「おい、まさかお前。このお侍さまに惚れたのか?」
「なにを馬鹿なこと言っているの。アンタが一番いい男に決まってるでしょ!」
女は男の背中をばしんと叩いた。さきほど吐息のような声を出していた者と同一人物とは思えない勢いだった。
「だけどお前、素敵だって言ったじゃないか」
「そりゃ誰だって笑顔は素敵だよ。こんなのはただの挨拶じゃないか」
「挨拶って言ったってよ。お前がそんなだから男どもが自分に気があるのかもしれないと勘違いするんだぞ」
「あらま、私がなにを言ったって上っ面だけなのだから、勘違いなんてするわけがないよ」
「だがよ。お侍さまだって嬉しそうにしていたじゃないか」
数馬は目の前の夫婦のやり取りを呆気にとられながら黙って眺めていた。
すると、いきなり女と男の双方から視線を向けられる。二人とも自分の主張に同意をしてほしいらしい。
「……奥方の雰囲気が妻に似てるのでな。つい思い出して笑ってしまっただけだ。気があるだなんて勘違いはしない」
数馬が呆れながらそうしぼりだすと、女がほらねと大きな声を出して笑う。そのままの勢いで小雪について根掘り葉掘り聞いてくるので、つられて話し込んでしまった。
「へえ、そりゃよい奥さまじゃないか。大切になさってくださいましね」
すっかり和やかな雰囲気でやり取りをしていたが、数馬はここが謎の女がいた橋のたもとであることにようやく気がついた。
「……ところで、お二人はなぜここに?」
村役人は昼間ですら怨霊を怖がってここには近づこうとしなかった。
村人たちも同様で、数馬が女について尋ねるだけで震え上がる者までいたほどだ。
「お、俺らは川に洗濯をしにきただけだ」
「まあ、普通は川に来たのならばそうなのだろうな。だが、私はなぜわざわざここへという意味で聞いているのだ」
数馬が質問をした途端、先ほどまで笑顔だった女が急に顔を曇らせた。みるみる顔色の悪くなっていく妻を庇うように、男は女の肩を抱いて数馬を睨みつけてくる。
その態度を見て、数馬は確証を得たような気がした。
「もしやお前たち、ここで起きている怨霊騒ぎについて事情を知っているのではないか?」
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