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「……町を追われた、まさかお前は罪人なのか?」  数馬は持っていた籠をそっと地面に置いて、身構えながら尋ねた。  数馬はこれでも町奉行所に勤めている。町を追われたと聞けば、自然と身体に力が入ってしまう。 「いいえ、お奉行さまに罪人として裁かれたわけではございません」  男は妻を家の中に寝かせたあと、数馬に向かって両腕を見せてきた。  罪人として裁かれたのならば墨があるはずだが、男の腕にそれはない。 「狭くて申し訳ないですが、立ち話のままではお疲れになるでしょう。どうぞお座りになってくださいませ」  男はそう言いながら、数馬に家の中へ入るように促してきた。自分は罪人ではないと男は言うが、数馬は警戒しながら家の中に入った。 「まだ名乗っておりませんでしたね。私は太兵衛(たへえ)と申します。あっちは妻のお(しち)でございます」 「……豊島数馬だ。前置きはいらぬ、話を聞かせてくれ」  数馬はなにかあればすぐ家の外に出ていけるようにと、玄関脇に腰掛けて淡々と名乗った。  太兵衛は数馬が警戒していることには気がついていない様子で、なにから話せばいいのかと、首を捻りながらぶつぶつと呟いている。 「……では、まず橋のたもとに出るという怨霊について聞こう。あれについてはなにを知っている?」 「は、はい! あれはきっとお七のことでございます」  待ちくたびれた数馬は、自ら太兵衛に尋ねることにした。  数馬が問いかけると、太兵衛はびくりと肩を震わせながら勢いよく返事をした。 「あれがお七殿? 私も怨霊らしき女を見かけたが、とてもそうは見えなかったぞ」 「……はい、実はあの。あまりに村の者たちが怖がるので、最近はわざとそれらしい格好をしておりましたので……」  太兵衛はそう言って、家の奥から薄汚れたボロボロの布を持ってきた。 「辺りは薄暗かったしな。それを羽織って髪を乱れさせたら、あの時の女に見えるかもしれないな」  数馬が大きく頷きながらそう言うと、再び太兵衛が土下座をしそうな体勢になったので、慌てて声をかけた。 「謝罪はもうよい! なぜにそのようなことをしたのだ。村人たちを脅かしてお前たちに何の得がある?」 「お、脅かすつもりはなかったのです!」  太兵衛がそう叫ぶと、寝ていたはずのお七がゆっくりと起き上がった。太兵衛はお七へ横になっているよう声をかけるが、彼女はそれを制して話し出した。   「……私たちは、ただあそこで我が子の弔いをしていただけなのです」  そう話すお七の向こう側に、壁に立てかけられた風車が見えた。  よくよく部屋の中を見てみれば、そこかしこに子供が住んでいたと思われる形跡がある。 「私がわがままを言ってしまったのです。あの子のために花火をしましょうと。あの子はこの人の作る花火が好きだった、からっ……」 「もういいから、お前は寝てろ」  言葉に詰まって話せなくなってしまったお七に代わり、太兵衛は町での自分について語りはじめた。 「私は町で花火師として働いていました。ですが、失火をしてしまいまして……」  もともと太兵衛は花火師の元で弟子として働いていた。  その花火師については、数馬も知るほどの有名な人物だった。小雪と出かけた花火大会も、そこの一門が担当をしていたと記憶している。それほどの花火師の弟子であったならば、数馬が橋のたもとで見た火の玉の動きも、簡単に納得できてしまう。 「失火自体は隣家に飛び火することもなく大事には至りませんでした。ですが、大火事になっていたらどうなっていたことか。想像するだけで恐ろしいことです」 「……なるほどな。内々に処理するために、お前を勘当して町からも出ていくようにと、そういうことか?」  数馬が尋ねると、太兵衛は静かに頷いた。
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