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 そうして太兵衛らは町からこの村までやってきた。  しかし、夫婦にとって体力的に苦にならない旅路でも、生まれつき身体の弱かった彼らの子は耐えられなかった。 「きっと環境の変化についていけなかったのだと思います。村に来てからは寝込んでばかりでした」  二人の子はこの地にたどり着いて、僅かひと月ほどで亡くなってしまったそうだ。 「私たちがこの村にやってきたとき、ちょうどあの山桜が咲いていた時期でした。子供の調子の良い日は、親子三人で河原まで出かけて山桜を眺めていました」 「あの山桜のところへ行くと、あの子の笑顔を思い出すのです。綺麗だね、綺麗だねって、一生懸命に話しかけてくるのです。来年もお父ちゃんとお母ちゃんと一緒に見に来ようねって……」  そう言って、お七ははらはらと泣き出してしまった。 「……お前たちの事情はわかった」  子を亡くしたのは気の毒だったなとか、お悔やみ申し上げるだとか、一言かけるべきかと迷った。  しかし、数馬はもうすぐ子が産まれるのに、父親になる覚悟すらできていない。そのような半端者が何を言っても、心がこもっていないことは伝わってしまうだろうと思った。  喉まで出かかった言葉を飲み込んで、数馬は問いを続けた。   「それがどうして怨霊だ鬼火だという、村全体を巻き込む騒ぎになったのだ?」  数馬の質問に、夫婦は戸惑った様子で互いの顔を見合せた。 「……それは、実は私たちも最初は不思議でした」 「きっと村人たちに隠れて弔いをしようとしたのがいけなかったのです」  子供との思い出の場所で、生前に好きだったという花火をみせてやりたかった。しかし、花火なんてものを村に来たばかりの自分たちがしていたら何を言われるかわからない。  そもそも、太兵衛らは自分たちが町を追われた理由を、村人たちに詳しく話してはいなかった。 「村のみんなが畑仕事を終えて家に帰り、辺りが暗くなってから。誰にも見られないようにこっそりとやろうと決めたのです」 「空に向かって打ち上げるような大がかりなものは当然できませんが、それでもあの子が楽しめるように工夫したのが余計にいけなかったのかもしれません」  太兵衛は亡くなった我が子が楽しめるように、花火にさまざまな工夫を凝らした。今は花を咲かせていない山桜の木が、花火の明かりで満開に見えるようにならないかと、試行錯誤をしたそうだ。  それを聞いて、数馬は火の玉を目撃したときのことを思いだした。 「……なるほど。一流の花火師にしかできない技というわけか。町で評判の花火師一門の技術を、このような田舎の村で目にするとは誰も思わん。村の誰かがそれを目撃して、鬼火だと騒ぎはじめたわけか」 「はい。きっと花火を見ていたお七のことも……」  暗闇の中、花火の明かりにだけ照らされている女性の姿を見れば、幽霊だと思い込んでしまうこともあるだろう。  数馬は話を聞き終えて大きなため息をついた。理由と絡繰りが判明してしまえば、怨霊だ鬼火だと怖がっている村の者たちが滑稽に思える。 「……あ、あの。私たちは罪に問われるのでしょうか?」  太兵衛が恐る恐る聞いてきた。 「我が子を弔っていたことを咎めるつもりはない。だが、木のそばで花火など、風向きによっては山火事になってもおかしくはないぞ。失火で町を追われた身ならば、私の言いたいことはわかるな?」 「……はい。申し訳ございませんでした」  太兵衛とお七は深々と頭を下げた。   「しかし、怨霊だ鬼火だと騒ぎが起き始めたときにすぐにやめてしまえばよかっただろう? なぜ騒ぎに乗っかるように続けたのだ」  そもそも花火の材料はどうしたというのだろう。  一回だけというのならば、どうにか町で暮らしていたときの伝手で入手できたかもしれない。だが、失火で勘当された者にそう何度も都合をしてくれるとは思えない。  町からこの地へ逃れてきたばかりの者が、そう簡単に花火をつくる材料を入手できるものか。 「……まさかとは思うが、誰かの指示で続けていたということはないか?」  数馬がゆっくりと丁寧にそう尋ねると、太兵衛とお七の二人がガタガタと身体を震わせはじめた。
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