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「おい数馬。そこでなにをしているのだ」 「──っはい! こ、これは片倉さま。どうしてこちらに?」  とつぜん片倉に名を呼ばれ、数馬は慌てて彼に向き直った。  村でもてなされているはずの片倉がなぜここにいるのか。村の中でなにか問題が起きたのかと、数馬は焦りから背筋をぴんと伸ばして片倉の言葉を待った。 「おぬしがなかなか戻ってこないので心配になってな。ずっと座敷にいるのも疲れるので、気晴らしついでに探しに来たのだ。今日の検分で問題でもあったのか?」 「い、いいえ。検分の方は滞りなく終了しているのですが……」  現場を実際に見て回ることがお役目とはいえ、補佐である数馬が片倉から離れているときに問題が起きたのであれば外聞が悪い。  数馬は片倉の身になにかあったわけではないのだとわかり、ほっと胸を撫でおろす。  そのことを片倉に悟られないように、努めて冷静に本日の業務報告と、さきほどこの場で起きた出来事について話をした。 「……というわけで、お山の件は終了しております。嘆願書の件ですが、ここでどうこうできるものではありません。あとは妙な女がいたというだけのことでございます」  片倉は数馬の話を聞き終えると、周囲で怯えている村人たちの様子を見ながら納得したように大きく頷いた。 「ほうほう。怨霊に鬼火ときたか。それはとんでもないものがあらわれたものだな」 「……はい。怨霊などいるはずもないのですが、このように村人たちは怯え切っております」  さきほどまで数馬と共に検分に立ち会っていた村役人は、片倉がいるというのにこちらには近づこうとしない。すっかり怯えきっている様子を目の当りにしてしまうと、呆れて声もかけられない。  しかし、出会いがしらに片倉に対して挨拶すらなかったので、あまりに無礼ではないかと数馬は憤っていた。 「のう数馬や。その怨霊について調べてみてはくれないだろうか」 「…………は、はあ?」  数馬が村役人の態度についてあれこれ考えているところに、思いがけないことを片倉から命じられた。  まったく想定外の片倉の言葉に、数馬はうっかり間抜けな声が出てしまう。しまったと思い、慌てて咳払いをして誤魔化している数馬を無視して、片倉は言葉を続けた。 「この橋は堤をつくった際につくられたものだ。ここで起きている怨霊や鬼火の騒ぎは、堤の件に関係しているのかもしれぬ」 「で、ですが片倉さま。失礼ながら、そのように考えることはいささか無理がございます」  数馬が困惑しながらもそう言い返すと、片倉はゆっくりと首を横に振る。そして、子供に言い聞かせるかのように、穏やかに数馬に語りかけてきた。 「怨霊や鬼火を恐れている村人たちがあまりに哀れではないか。刀を持つ我らが救いの手を差し伸べてやってもよかろう?」
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