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「そのように村人の身を案じる片倉さまのお気持ちは素晴らしいことだと思います」  こう前置きをしたうえで、数馬は片倉の頼みをきっぱりと断ろうとした。 「しかしながら、この村でお役目外の余計な時間を取られれば、これからの予定が狂ってしまいます。怨霊などといった存在のあやふやなものにかまけている暇はございません」 「次の村には使いを出しておけばよかろう。ちと到着が遅れる、とな」  ですが、とまだ反論を続けようとする数馬を、片倉は目で制した。  数馬が何も言えなくなると、片倉はそのまま自分の近くに寄るようにと手招きをしてきた。数馬は大人しく指示に従い、片倉に近づいた。 「……怨霊だか鬼火だとかは知らぬがな。そういった胡散臭い噂が流れているときは、たいてい誰かの思惑が働いているものよ」  片倉は村人たちに聞こえないように、数馬の耳元でこっそりと話し出した。  その言葉にはっとして、数馬は片倉の顔を見つめる。片倉はなんでもないように穏やかに微笑みながら、話を続ける。 「それは悪意かもしれないし、そうではないかもしれぬ。気のせいに越したことはないが……」  片倉はそこまで話すと、ゆっくりと息を吐いた。片倉はそのまま橋のたもとにある山桜の木を見上げる。 「わざわざ数馬に見せつけるように女と鬼火があらわれたとなるとな。いささか気になるのよ」  片倉も怨霊などといったものは胡散臭いと思っているのだと、数馬は気がついた。  片倉はわざわざそのような存在を利用してまで、人々を恐怖に陥れようとする何者かの存在を警戒しているのだと理解する。 「もし仮にだ。堤の件で我らに不満を抱いている者がいるとする。そのことからこのような事態が起きているのだとしたら、我らは知っておくべきだとは思わないか?」  山桜の木を見上げる片倉の顔は、相変わらずにこやかな笑みを浮かべている。  片倉はしばらくの間、黙って山桜を見ていたが、再び息を吐くと視線を数馬に戻した。表情こそ笑顔のままだが、なにかを訴えかけてくるような力強い視線を向けられる。  数馬はただ頷くことしかできなかった。 「……わかりました。片倉さまが案じておられるというのであれば、私がきちんとお調べいたします」 「そうかそうか、調べてくれるか。これで怨霊騒ぎも解決するなあ!」  数馬が返事をすると、片倉は村人たちに聞かせるようにわざと大きな声をあげた。  片倉の言葉が届いた村人たちが、一斉に歓声を上げる。どうやら彼らは片倉が怨霊を追い払ってくれると思ったらしい。これで呪われずに済むと、片倉に向かって拝みだす者まであらわれた。 「それでは、明日より怨霊について調べさせていただきます」 「うむ。頼んだぞ!」  こうして片倉に押し切られ、数馬は橋のたもとにあらわれた女について調べることになってしまった。
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