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 売場へ戻ると、いなり寿司のケースが20に増えていた。個数で600個だ。配送ドライバーは無情にも言い放った。 「残りはこれから配達しますんで、お待ちください。十一時までには終わると思います」 「いや、ちょっと待ってください。残りはキャンセルできませんか」  樹一は泣きそうな声で頭を下げた。 「それは無理でしょ。生産ラインをもう組んでますからねえ。では、失礼します。毎度ありがとうございました!」  ドライバーは行ってしまった。  樹一はタワーのように積み上がった20段ケースをぼんやりと眺めた。しかし、時間はなかった。樹一の仕事はいなり寿司だけではない。厨房での製造作業もあるし、値付けもある。納品された原料の片づけもあるし、販売計画書の作成もある。そもそも人員に余裕がない。この業界では一人二役をこなし、長時間労働は当たり前。だから余計な仕事は極力避けたいのだ。  田島チーフは樹一に指示を出した。 「いなりの処理に集中しろ。半額にするなり、買うなり、責任とってやれ。あ、パック詰めの応援は俺が店長と総務に頼んでおく。あと、社内販売もした方がいいな。あとはよろしく」  ありがたい援護対策のようだが、それだけではは焼け石に水だ。  1パック4個入りで120パック前後詰めて、400から500個が関の山だ。チーフが500個までは面倒みるから、残りの2500個はお前がやれと丸投げしたのだ。まあ、確かに自分が悪いのだから、自身が後始末するのは当然ではあった。  台車に積まれたいなりコンテナをバックヤードへ運ぼうとすると、おでんやパンを担当する日配品チーフの茂森あゆみが現れて樹一を呼び止めた。  濃いめのアイラインを細めてじっと樹一を見つめている。スーパーの品出しより高層ビルのオフィスで秘書をしている方がぐっと似合う、三十代前半の理知的で、それでいて妙な色香の漂う女性だった。 「いなりの件、聞いたわよ。大変ねえ。お手伝いしてあげたいけど、あたしもおでんの売り出し準備で忙しいのよ。直接、メーカーさんに電話してみたら?製造中ならストップしてもらって、残りの原料を明日に回してもらうとか」 「そうしてみます」 「急いだ方がいいわよ。片づけ、あたしがやるから、行って、行って!」  茂森あゆみに急き立てられた樹一は、コンテナをそのままにして事務所へ急行した。
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