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「はい、花岡です」
「ああ。海老原だけどね。さっきの件、近隣店舗へ振り分けられないか、交渉した。で、くぬぎ山店に100、つつじが丘店150、けやき台店200、楓町店に250。あと500個分はまだ製造待機中だそうだから、これも振り分けして、明日の便で遠方の店もに外注納品する。これで合計、1200個。あと残りの1800はそっちで頑張ってよ」
ガーデンマートはチェーンストアで、樹一の勤める白樺店の半径10キロメートル圏内には4店舗あった。海老原はそれらの店へいなり寿司を半強制的に納品するという。さらに、原料段階にある500個は明日へ回す手配をしてくれたのだ。
「ただし、配送費は白樺店持ちだからな」
「何から何まですいません」
「しかし、なんだって30を3000にしたんだ? ボケッとしてたのか。それにしても異常値発注アラームが出なかったことも問題だが…」
「いえ、自分の不注意です。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。あの…」
「うん?」
「きょう、ウチの店、雷電崎部長がインタビューしてるんですよね」
「あはは。そりゃ大変だな。じゃあ、こちらからも一報入れておこう。その方がいいだろ?」
「お願いします」
雷電崎巌の名前もエグイが、知名度も全社レベルなのだ。
海老原SVが手を打ってくれたものの、まだ喜ぶわけにはいかなかった。SNSと顧客アプリ宣伝の結果と店内販売と社内販売でどのくらいの数量が捌けるかが課題だった。
二時間ほどが経過した。
事務所へ行き、SNSと顧客アプリの結果を恐る恐る眺めた。合計で120個が売れていた。樹一は猛烈な勢いで計算を始めた。店内販売が400個。
1800-560=1240
あああ。まだそんなに…残りは原価割れで従業員に買ってもらうか。そんなことを考えていたら、いきなり雷電崎部長の怒鳴り声がバックヤードじゅうに響き渡った。
「お客様にはいなりを普通の価格で売り、お前たちは原価割れで買うとはどういうことだ!? それは不公平を通り越して、不正だ。おい、田島。君は、そんな腐った考えで仕事をしているのか」
「はい、申し訳ありません」
田島チーフの嗚咽するような声も聞こえた。
万事休す。
樹一の神経を逆なでするかのように、荷物の搬入から氷のような風が吹き込んできた。そちらに目をやると、大粒の雪が降り、すでに積もり始めていた。
これではますます客足は途絶えるだろう。樹一のパニックは限界に近づきつつあった。
その時、一斉に電気が消え、暗くなった。
停電だった。どこそこで、雪の影響で送電線が切れたとか言っている。
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