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 シベリア大陸で発達したマイナス70度の寒気団が日本列島を急速に包みつつあった。首都圏にも大雪警報が発令された   「えー。おはようございます。本日は雪のため、客数の大幅な減少が見込まれるので売上目標を下方修正します…」  スーパー「ガーデンマート白樺店」デリカ部門の田島チーフは集合した社員やパート従業員たちを見回しながら、売上の核になる鶏唐揚、メンチかつ、コロッケ、幕の内弁当、助六寿司、江戸前寿司などの製造数を示した。  社員の花岡樹一(はなおかじゅいち)は顔を覆ったマスクの位置がしっくりこなくて、どうしたらスッキリするかぼんやり考えながら、チーフの話を上の空で聞いていた。しかも、ミーティングは荷物の搬入口そばのバックヤードで行っており、真冬の北風がもろに吹き込んでくる寒さにも我慢しなければならなかった。  樹一は、電柱のように背が高くて神経質そうな若いチーフを鬱陶し気に眺めた。  こんな天気の日は早く上がらせてもらって、先日買ったばかりのアイドルグループのミュージックビデオを愉しもうと樹一が考えているうちに、ミーテイングが終わった。  パートや社員たちがそれぞれの持ち場へ分散していった。   樹一も売場へ戻った。デリカ部門では、インストア作業といって原材料を調理する仕事と、メーカーに外部委託された納品惣菜を陳列する仕事に分かれる。樹一は納品されたパック済サラダやパック済煮物などの陳列作業を再開した。  いなり寿司のバラ納品もある。バラとはプラスチック製のコンテナに一個単位で裸の状態で納品される形態のことだ。バラ納品されたいなりは、かんぴょう巻や太巻に組み込まれて助六寿司セットになる。助六を作るのも樹一の仕事だった。 「おはようございまーす!いなりの納品ですう」  馴染みの配送ドライバーがコンテナを積んだ台車を押して来た。 「あれ、多いなあ」  樹一は6段積みのケースを見てまゆをひそめた。今日の注文数は1ケースのはずだ。1ケースの入数は30個。従って6ケースでは180個になってしまう。  何かの間違いだ。そう思いつつも、樹一は自分の顔が青ざめてくるのがわかった。  樹一の不安をよそに、配送ドライバーの西原は制帽を脱いで頭を下げた。 「すんません、製造が間に合わなくて、これからばんばん運んできますから。軽ワゴンじゃ詰めなくて、2トントラックがこれから来ますから」 「は? どういうことですか?」  樹一は意味がわからず、思わず聞き返した。 「ですから、いなり寿司3000個の注文をいただいたので、今、急がせているところですよ。いやあ、凄い量なんで、間に合わなくて、えらい、申し訳ございません」 「いや。きょうの注文数量は30個ですよ」 「いえ、いえ。ご冗談を。3000個です」    
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