冬の村のツルギとヤスリ

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 戸を開いて家の中に入ると、暖炉の前から「ツルギ、おかえり」と弟の声がした。 「ただいま」  毛皮の上衣を脱いで、壁から突き出ている木の引っ掛けにかける。  大人たちから分けてもらった米の入った皮袋を、家の中央にある卓に置いてから、どさりと椅子に腰をおろした。  両親から受け継いだ小さな家だが、十三歳の兄と、十歳の弟が暮らすには、すこし広く感じる。昨年まで一緒に暮らしていた両親を流行り病で亡くしたから、そう思うのかもしれない。 「どうだったの?」 「獲れたけど、疲れた」  仕留めたイッポンヅノは、まず内臓を取り出して穴に埋める。  獲物を与えてくれた山に感謝するため。そして、山に棲む獣たちにお返しをするためだ。  内臓がなくなった分だけ軽くなったとはいえ、それでもかなりの重さだ。それに縄をかけて、狩り師見習いだけで村まで曳いてきた。  大人たちは周囲から「気合いれろ」だの「踏み外すと死ぬぞ」だの、発破をかけるだけで手を出さない。  なぜなら、今回の狩りは見習いたちの修練を兼ねているからだ。  そして、撃ち手の適正を見るためでもある。 「俺はだめだ。撃ち手に向いてない」 「そうなの?」  弟が椀にお茶を入れて持ってきてくれる。  弟のヤスリは狩り師ではないので髪の毛を刈ってはいない。伸びてきたらツルギが鋏で適当に短くする程度だ。  背は同年代の少年と比べても低く、身体つきも細かった。  その目は、まっすぐ前を向いたままでツルギに向けられていない。  ほとんど見えていないからだ。 「ヤスリ、熱いものを持つなって」 「大丈夫だよ。家の中なら」  ヤスリから椀を受け取って、ひと口飲む。暖かいお茶が疲れた身体に沁みわたった。  ヤスリは、生まれたときから目が悪かった。  家や村の中であれば慣れているから支障ないのだが、山の中となるとそうはいかない。  つまり、ヤスリが狩り師になることはできない。  それがわかっていたので、両親はヤスリに物を作ることを教えた。藁を編んで草履を作ったり、籐で籠をこしらえたりだ。  村での必需品を作る技術があれば、居場所を得ることができる。  どちらかというと、臆病で、獲物と対峙すると恐怖ですくんでしまうツルギの方がまずかった。  器用な手は持っていないので狩り師になるしか生きる道はないが、あまり向いている気はしない。撃ち手はもちろんだが、獣を追う勢子をうまくやれる自信もなかった。  ――情けない。  自分に落胆する。  獲物を運ぶ際、年上の狩り師見習いたちから「おい、臆病者。獲物曳きぐらいは役にたて」と、穴の空いた鍋を見るような視線を向けられた。そのとおりだと思ったから、ヘトヘトになるまで曳いてきた。 「例のやつはどうだ?」  椀を卓に置きながら尋ねると、ヤスリは手でなにかを探るような仕草をしながら答えた。 「いいと思う。もう直すところはないし」 「よし」  間もなく、雪の降る季節がくる。  ツルギは暖炉に燃える炎を見ながら、確かめるように、もういちど口にした。 「よし」
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