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流行り病が村を襲ったのは半年ほど前のことだ。
病魔は、両親の命を奪っただけでなく、年齢や性別を問わずに村人を殺してまわった。
熟練の狩り師が数を減らし、見習いたちを急いで一人前に仕上げねばならなくなったのは、このためだ。
そして、この村でなによりも重要な存在である彫像師たちが壊滅してしまった。
口伝で語られるような時代から受け継がれてきた技術が失われた。
それはそのまま、この村の生活を圧迫する事態に直結していた。
「巫女様がきた」
外の様子を伺っていたツルギがヤスリに言った。
「大人たちと集会所に入った。いってくる」
「気をつけて、ツルギ」
心配する弟に「大丈夫だ」と答えて、こぶしを向ける。
気配で察したのか、ヤスリも手をあげた。
互いのこぶしを、こつ、とぶつけて家を出た。
日は山の向こうに落ちたばかりで、あたりは刻々と暗くなっていく。
なるべく村人の目にとまらないように身をかがめながら進み、集会所の手前までやってきた。
だれにも見られていないことを確かめてから四つん這いになると、慎重に集会所の床下に潜っていく。
床下の土は湿気を含んでいて不快だが、雨が降ったのはだいぶ前で、泥になっていないだけありがたかった。
地面から上を見上げる。
冷気が床からあがってこないように、しっかりとした作りになってはいるが、会話の内容を聞き取るぐらいはできそうだ。
「それで?」
巫女の声が聞こえる。
村の大人たちに向けたものだろう。
「今年は神殿に納める像がないと」
「流行り病で彫像師たちが死んでしまった」
そう答えるのは村の老師だ。
村は、老師と呼ばれる村人から選ばれたオサ。狩り師のオサ、彫像師のオサの三人によって束ねられていた。
それが、疫病によって彫像師のオサが死に、交代するはずだった次代の老師も死んでしまったので、高齢の老師が継続しながら候補者を探しているところだ。
「同じものを用意しろと言われても、すぐにとはいかん」
「ならば、他の冬の村を探すだけです」
冷たく言い放つのは、神殿からやってきた巫女だ。
名前をニェスといったはずだが、村人たちは名前で呼ばず、「巫女様」と呼んでいる。
老齢のため、腰まである髪の毛は真っ白になっている。
しかし、背筋をまっすぐに伸ばし、冬になるたびに、お供も連れずに神殿から歩いてやってくるその姿は、不思議な若々しさを感じさせた。
「租税はどうなる?」
「とうぜん」
鼻で笑うようなニェスの声。
「減税は終わります」
そんな、と大人たちがざわめく気配がする。
「ただでさえ、流行り病で狩り師が減っているのに、税が重くなってはやっていけん」
「税は重くなりません」
冷たく言い放つ。
「神殿へ差し出す物がないのですから、適正な状態になるだけです」
「はっ、よく言うな」
狩り師のオサの声だ。
「巫女たちは、村から集めてきた彫像の価値で権力争いしてるって噂だぜ」
「それは、神殿への侮辱ですか?」
神殿の巫女に睨まれたオサはどういう表情を浮かべているのだろうか。
言葉を続けたのはニェスだった。
「東西南北、春夏秋冬。十六の彫像を季節ごとに捧げ、祭祀をおこなうのが神殿の役目です。この村は西の巫女であるわたしが担当する冬の村。まあ」
小さく笑う。
「それも、今年で終わりのようです」
「なにが祭祀だ。支配に利用しているだけだろうが」
「お好きなようにとりなさい。事態は変わらないのだから」
「ちっ」
オサの舌打ちが聞こえる。
「夜が明けたら神殿に帰ります」
ぎっ、と床が鳴る。ニェスが立ち上がったようだ。
「正確な租税の内容はまた後日、使いの者をよこします。いまから狩りを頑張らねばなりませんね。今宵は早くお休みなさい」
去り際の挨拶もなしに、ニェスが集会所を出ていった。
残された大人たちは、しばらく黙り込んでいたが、「日を改めて話そう」と老師が言って今夜は解散となった。
「ふう」
無人になった集会所の床下で、ツルギは毛皮の上衣を強く身体に巻きつけ、村が寝静まるのを待った。
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