冬の村のツルギとヤスリ

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 深夜の集会所には村の大人たちが集まっていた。  当然、老師と狩り師のオサの姿もある。  上座には、ヤスリが作った木像を持つニェスの姿。  そしてその向かいには、ニェスと対峙するようにツルギとヤスリの兄弟が座らされた。  鼻血は止まり、湯を含ませた布で顔を拭ってきた。きれいな顔とはいかないが、だいぶマシになっただろう。 「さて」  とん、とニェスが木像を床に置いた。 「あなたの要求は? なぜ、これをわたしに見せたのですか?」  目を逸らさないように、腹の底に力を入れながら答える。 「ヤスリを神殿に連れていって、彫像師として働かせてほしい」  言葉の意味を理解するのに時間がかかったのだろう。一拍おいて、村の大人たちが騒ぎだした。 「それは、村のワザの流出だ」 「ツルギ! なんということを!」 「おだまりなさい」  ニェスのひと言で集会所の中が静まり返る。  巫女は、じろりと大人たちを睨みつけた。 「わたしはこの少年たちと話しています」  視線が戻ってくる。 「あなたの弟が神殿で彫像を作る理由は? この村で作ってもいいでしょう」 「ヤスリは」  息を吸ってから、先を続けた。 「弟は、すごいやつなんです。だからこの村の外の世界を見せてやりたい」 「だから、この村を見捨てると」 「いえ」  狩り師のオサの顔を見る。  腕組みをして、目をつむりながら会話を聞いているようだ。  横に座っているヤスリは、話すのはツルギにまかせて黙っている。 「ヤスリが神殿で彫像を作り続けるかぎり、この村の税を軽くしてほしい」 「なるほど」  巫女が考え込む。 「わたしとしては、この村で作り続けてくれればそれでいい。神殿に連れて行く必要はありません」 「じゃあ」  はじめてヤスリが口を開いた。 「ボクは作らない」 「村が困窮しますよ」 「かまわない」 「あなたは、村と兄を見捨てるというのですね」 「ボクは」  ヤスリの、ほとんど見えていない目に光がともった。 「神殿に納められる十六の彫像すべてを、この手で憶える。そして、もっといい物を彫る。世界の、だれにも負けないようなものを」  普段、家の中だけを生活の場としているヤスリが放つ熱に、大人たちは息を呑んだ。 「とうさんも、かあさんも、ツルギだってボクに物を作って生きろと言ってくれた。ボクは、この手でボクの人生を彫りあげる」  ツルギは、弟の言葉に自分の言葉を乗せた。 「オレは、狩りだってうまくできないようなやつだけど。ヤスリを村の外に出せたら、胸を張って生きていける。そのためなら、なんでもする」 「ふむ」  兄弟の真っ直ぐな視線を受けても、ニェスの表情は変わらない。  ダメだろうか。この巫女には、ふたりの言葉は届かないのだろうか。  そう思ったとき、狩り師のオサが声をあげた。 「あんた。この村で彫像が作れなけりゃ、他の冬の村を探すと言ったな」 「ええ」  ニェスが静かに頷く。 「そんなにすぐに代わりを見つけられるもんか?」 「いつでも候補は用意してあります」  うっすらとした笑み。その言葉は、真か嘘かわからない。 「ですが」  ニェスが、視線を下げてヤスリが作った彫像を見た。 「その子の才能に投資するのもいいでしょう」 「ふん」  狩り師のオサは立ち上がると、ツルギを睨みつけた。 「情けねえ。結局、神殿の言うがまま。果てには村のワザの流出だ」  相手がオサといえど、弟のことで負けるわけにはいかない。  ツルギも睨み返すと、オサはこう続けた。 「夜が明けたら狩りにいく。お前は撃ち手だ。早く帰って寝ろ」  オサは大人たちを見回すと、怒鳴るように言った。 「いくぞ! オレたちはここに必要ねえ!」  大人たちは戸惑ったように立ち上がると、オサのあとについて集会所から出ていった。  あとには、ニェスと兄弟が取り残される。 「ええと……」  どういうことになったのだろうか。 「ふう」  状況の変化についていけずに、ぽかんとしていると、なぜかニェスが溜め息をついた。  巫女が立ち上がり、兄弟に向けていつもの冷たい視線を向ける。 「気づいていないのですか?」  なにがだろうか、と首を傾げた。 「あなたたちはいま、この村のだれよりも前に立っているのですよ」  それだけ言うと、ニェスも集会所から出ていった。 「ツルギ」 「ああ」  だれもいなくなった集会所の中。  ふたりは、こん、と静かにこぶしを合わせる。  その様子を、木彫りの彫像だけが見守っていた。
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