パンチを打ち込んで

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パンチを打ち込んで

 リングの上でボクサーシューズが擦れてキュキュと乾いた音をならしている。 「弱い、弱すぎるこんなもんか?」  久しぶりに伸ばした腕もグローブ越しに当たる感覚も懐かしさをつれてくるけれど、スパーリングの相手が違う。 「まだ、っ!!」  バンバン、バンバン!!  腕を伸ばしてもバテることなんてなかったのに、パンチングミットに当たる力が弱まっていくのがわかる。私は、父が変わってしまったのを機にボクシングから離れていた。    空白期間が身体を鈍らせてしまっていたなんて。  シュ、シュと風を切る音が聞こえなくなり、息が弾み呼吸が乱れている私。  カンカンカン!!  ゴングが何度鳴らされただろう?顧問の先生がゴングを鳴らさなければ私はとっくに膝をついていた。 「北野さんに水を!!」  リングサイドが慌ただしい。ゴングがなった瞬間、膝から崩れ落ちた私を平野先輩が見下ろし続ける。 「弱いままなのか?それで終わりなのか?違うだろう!!」  リングに入ってきた新入部員の男子から受け取った水を頭から浴びていく。 「北野さん。もう休んだら・・」  もう一本手渡された水を一気に飲み干して立ち上がる。もう一人の新入部員の男子が濡れたリングをタオルで拭いてくれている。 「待っていたら同じだから」  誰かが助けになんてこない。助けてって叫ぶことすらできない。父の名誉のため、あの頃の仲がよかった家族に戻りたいため。 「もう一度、スパーリングお願いします!!」  私は何度だって立ち上がる。
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