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第二章 ホムラの民⑥
エーミールが案内したのは、中心地からすこし離れた郊外にある、彼の実家オルロランド家だった。
控えめだけれど豪奢な造りの城壁を見上げ、サザナミは驚愕する。過去に奴隷として働いた貴族の家々が霞むほどの大きさだ。
――俺はこんなところで生活してきた人に世話をしてもらっていたのか。
とんでもない数の使用人に出迎えられてすっかり萎縮してしまったサザナミは、アキナとユクスのうしろに隠れておずおずとついていくことしかできない。
応接室に通され、いろんな花の匂いがする紅茶をこわごわ飲んでいると、エーミールが人を連れて戻ってきた。
「申し訳ございません。父と兄は急な仕事で国外に出てしまったようでして。代わりに母がおりますのでご挨拶をさせてください」
長身痩躯でエーミールとよく似た涼しげな目元の女性が、優雅にカーテシーをする。貴族の慣習なぞ知らないサザナミから見ても美しい所作だった。
「ミルダ・オルロランドでございます」
「はじめまして、オルロランド公爵夫人。本日は急な来訪にもかかわらずお出迎えくださりありがとうございます」
夫人はにこりと微笑んだ。笑うと目元がエーミールとよく似ている。
「アキナさまもご無沙汰しております」
「ミルダ夫人、さまはやめてくださいっていつも言っているでしょう」
アキナは恥ずかしそうに頭をかいた。
あら、と夫人はサザナミに目を向けた。
「エーミール、こちらのお坊ちゃんが新しいお友だちの?」
「はい、騎士団の少年団に所属しているサザナミくんです」
「はじめまして」
サザナミがおずおずと頭を下げると、夫人は「あらまあ」と両手で頬を包んだ。
「はじめまして、サザナミくん。エーミールとなかよくしてくれてありがとう。どうかかしこまらないで。しゃべりやすいようにしていただいて大丈夫ですから。慣れない土地のマナーを覚えるのは大変でしょう」
「ありがとうございます」
サザナミは長身の夫人を見上げてから、頭を下げた。
「あらやだ、エーミール。この子、本当にかわいいわよ」
「ええ、まあそうですけれども」
「そのお洋服はご実家のもの?」
「母さん、あの……」
「エーミールは黙ってちょうだい」
「いいえ。騎士団の先輩からのお下がりで……」
「ちょっと!」
とつぜん夫人は大きな声を出し、侍女を呼びつけた。
「エーミールたちの子どものころの衣装を出してちょうだい」
エーミールはそんな母の姿を遠い目で眺め、「もう、母さん……」とこぼしている。
「それではみなさま、わたくしはこちらで失礼しますが、どうかごゆっくりおすごしくださいませ。なにかございましたら使用人にお申し付けください」
夫人は最初と同じ優雅な所作でそう挨拶すると、エーミールに一言二言伝言をして部屋を辞した。
エーミールは「ああ、やっぱりこうなると思っていたんだよ」と唸り、頭を抱える。
――きょうのエーミールさんはいろんな顔をしておもしろい。
「……ほんとうに申し訳ないのだけれど、サザナミくんは母さんに付き合ってやってくれないかな」
「俺ですか」
「うん、苦労をかけるね」
サザナミはなんのことだかわからずに頷く。
夫人が追いかけようと席を立つと、ユクスがぎゅっと手を握った。その様子を見たエーミールが口を開く。
「ユクスさまも、もしよろしければサザナミくんと一緒に母の相手をしていただけるとありがたいのですが」
ユクスもこくりと頷いた。
「じゃ、エーミール、俺らは庭で茶でもしばくとしようかね。二人ともミルダ夫人の用事が終わったらこっちに来なさい」
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