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『ドラゴン』はマキの家から自転車で行ける距離にあった。
自分の生活圏内にそんな団体があることを、マキは全く知らなかった。
「自分の家族が傷つけてしまった被害者のことを考えると、自分の本音をどこでも話せない人って沢山いるんです。だから、自分が思っていること、感じていることを何でも話していい、安心して話せる会を運営しています。順番に話しをしていく『言いっぱなし 聞きっぱなし』の会なんですが、一度、遊びに来てみませんか?」
とムラカミに誘われた時、(興味あるな)という気持ちと(私が行っていいのかな?)という気持ちの両方をマキは感じた。
「当事者ではない私が、お邪魔していいんでしょうか?」
と迷うマキに
「うちは、理解者になってくれる可能性のある人なら大歓迎です」
とムラカミは太鼓判を押した。
マキの頭には「レイちゃん」のことが浮かんでいた。
レイちゃんは、マキが小学校に入って最初にできた友だちだった。
レイちゃんは周りの子と少し違っていた。
キャラクターや、動物のイラストや、リボンやハートがプリントされた服や文房具をみんなが愛用している中、レイちゃんはそういう物を一切、持っていなかった。
レイちゃんはシンプルなロゴが入った物や、色の組み合わせが絶妙な物、幾何学模様が並んだ物を身につけていた。
当時のマキのボキャブラリーに「センス」という単語はなかったので、(レイちゃんは何か格好いい)と思っていた。
レイちゃんは大人しいタイプではなかったけれど、はしゃいでいる所は見たことがなくて、必要な時に簡潔にものを言う子どもだった。
大人びて見えて、クラスの他の子とは距離があるように感じた。
どこからどう見ても普通の自分が、どうしてレイちゃんと友だちになれたのか、マキは不思議だった。
レイちゃん本人に聞いてみたこともあるけれど、「私も普通だよ」と笑って返された。
(レイちゃんは普通じゃないのに)と心の中で思っていた。
レイちゃんは家も普通じゃなかった。
マキの家は屋根が三角だったし、近所の家も屋根は三角だった。
だけどレイちゃんの家は、屋根が真っ直ぐだった。
箱みたいな家だとマキは思った。
壁も、その辺の家とは違っていた。
灰色で、冷たくて、表面がツルツルしている。
「うちはうちっぱなしだから」
と早口言葉のようなことをレイちゃんは言った。
コンクリート打ちっ放しのことだとマキが分かるのは、大人になってからだった。
マキはレイちゃんのことが大好きで、レイちゃんの友だちでいることが誇らしかった。
だけど突然、レイちゃんはある日から学校に来なくなった。
大人の誰もはっきりと教えてくれなかったけれど、レイちゃんのお父さんが警察に捕まったらしいと、何となく知った。
レイちゃんのお父さんのニュースになると、マキのお母さんはテレビを消してしまうのだけれど、レイちゃんのお父さんが『だんご』で捕まったというのは分かった。
なぜ『だんご』で捕まるのか、それは分からない。
分からないからこそ、マキは団子を食べるのが怖くなった。
知らない間にタブーを犯して、刑事さんに連れて行かれたら怖い。
『談合』だったと分かる今でも、マキは団子が食べられない。
レイちゃんはクラスで一目置かれる存在だった。
みんな読めない漢字があると、レイちゃんに聞きに行っていた。
それなのに、レイちゃんのお父さんが逮捕されると
「人と違う格好をして、みんなのことを馬鹿にしていた」
「勉強ができるからって、調子に乗っていた」
とレイちゃんのことを悪く言い始めた。
確かにレイちゃんは能力が高かった。
それは事実。
だけどレイちゃんがそれを鼻にかけていたことなんて、一度もない。
レイちゃんと一番、仲が良かったマキがよく知っている。
レイちゃんは何も悪いことをしていない。
だけど、レイちゃんのお父さんが悪い人だとされると、レイちゃんも悪い子だったとされてしまった。
まだ子どものマキは、その間違いを訂正し、説得できる言葉を持たなかった。
レイちゃんに対して勝手に劣等感を感じていた子が、攻撃に転じたのだとは分からなかった。
ただただ心の中で、モヤモヤするしかなかった。
レイちゃんが学校に来なくなってから一度だけ、町の中でばったりと会ったことがある。
その姿を見た時、マキはショックを受けた。
レイちゃんはずっと同じ長さのショートカットで、いつも毛先は綺麗に揃っていた。
だけど久しぶりに会ったレイちゃんは、肩まで伸びた毛がバラバラだった。
可愛いクマがプリントされた派手なピンクの服に、大きなフリルが付いた茶色のスカート。
服の組み合わせがちぐはぐだったし、サイズも合っていなかった。
レイちゃんの雰囲気が随分と変わってしまったことに驚きを隠せず、マキはどう振る舞えば良いのか分からなかった。
マキが戸惑っている間に、レイちゃんはクルっと背中を向けると、走り出してしまった。
(ここで見失ったら、もう二度とレイちゃんに会えない)
マキは直感で分かった。
どうすれば良いのかは分からないけれど、レイちゃんを追いかけた。
マキが追いかけてきたことに気づいたレイちゃんは、走るのを止めると、今度はしっかりとマキの方に向き直ると叫んだ。
「見られたくないの!考えたら分かるでしょ?」
今までに見たことのない剣幕で、レイちゃんが怒鳴った。
マキは雷に打たれたように動けなくなった。
レイちゃんが再び背中を向けて走り出した時、マキはもう追いかけようとは思わなかった。
確かに、考えたら分かった。
(私がレイちゃんの立場だったら、誰にも見られたくない)とマキは思う。
学校の子に会いたくなかったであろう、レイちゃんの気持ちは理解できた。
だけど、あの時は考えている時間なんてなかった。
大好きだったレイちゃんが目の前にいた。
(何かしないと)、それだけ。
レイちゃんの気持ちを考えられなかった、自分の浅はかさをマキは責めた。
レイちゃんのことをずっと考えながら、マキは生きてきたわけじゃない。
だけど時折、思い出した。
今、どうしてるんだろ?
お父さんのことがなかったら、今でも仲良しでいられたかな?
犯罪加害者の家族のサポートをする団体が存在することは、マキにとって救いに感じられた。
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