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いつも通り、穏やかな夜の眠りに沈んでいた。
空が割れるような轟音と衝撃に、ナイメリアは眠りから叩き起こされた。
「なに!?」
「ナイメリア……!」
蒼ざめた顔のフロイデがすぐに軍服と軍靴をとり、押しつけてくる。自身も手早く着替え、フロイデは鋭く言った。
「外壁の結界を誰かが越えたんです! 行きましょう。確認しないと──!」
手早く用意をすませ、フロイデの手をとる。草笛のような音をフロイデが紡ぎ、次の瞬間には、外壁に一番近い鐘楼の上に立っていた。あらかじめ用意しておいた異動用の音を使ったのだ。この鐘楼が、瞬時に移動できる最大限の場所になる。ここなら足場もあるし、見晴らしもいい。……本当はもっと城壁へ近づければいいのだが、今の実力ではここまでの移動で精一杯だった。鐘楼に着地したとき、世界が揺らぐようなめまいで危うく倒れそうになった。フロイデがとっさに支えてくれたが、庭を百周したように息が荒くなっている。「大丈夫だから」と声もなく手をひらつかせると、フロイデは心得たもので、かわりに外壁の様子を窺ってくれた。
「あれは──黒鍵の兵です」
触れた肌から、フロイデの焦燥が伝わってくる。それはひんやりとした本能的な恐怖だった。黒鍵の兵。この一年、フロイデとともに、自分たちの命を脅かす敵国について詳細に学んだ。黒鍵──正確には「黒鍵のヴァルテミウス王」の治める黒の国だ。敵国の独裁者は、その広大な版図を拡げんと、日々侵略を繰り返している。荒々しくも残虐な侵攻は、まさに地図を黒く塗りたくるようだ。友好国の半数がすでに黒鍵にのみこまれ、今や自分たちの国もその波にさらわれそうになっている。
息を整える間に、叔母のグランティーヌが敗走したときの話が頭をかすめた。敵から放たれた謎の緑光によって、叔母はヘロイを暴走させた。叔母の死因は、ヘロイから浴びた熱傷だった。戦闘時、叔母とともに空に浮かんでいたヘロイは、突然四方へ熱線をまき散らしたのだ。そのせいで、下にいた兵たちの多くも犠牲になった。熱線は自軍のはるか後方にまで届き、大地を焼き割り、兵たちを鉄の鎧ごと溶かした。兄皇子のウビガンもそれを浴びた。大音量でヘロイを奏でた叔母自身も、そのときに寿命のほぼすべてを使いつくした──そうグランドマエストロが教えてくれた。叔母の体に鎖がきつく巻きついていたのは、極限までヘロイの力を解放したことの反動だったのだ。そのときの戦場は混乱し、わかっていることは少ない。けれどひとつだけ、はっきりしていることがある。叔母を狂乱に陥れ、ヘロイを暴走させたという不思議な緑光。それを放ったのが、同じく空中にいた敵の楽器だということだ。輝くエメラルド色の輝きは、遠く離れた場所からでも観測された。多くの兵がそれを見た。
空中に浮かび、緑光を掲げた楽器。
緑光とともに轟いた、金属を転がすつめたい音の響き──ひとりだったと、目にした者は口をそろえ言った。楽器は空を飛ぶとき、必ず奏者と手をつなぐ。奏者が楽器から力を引き出し、音を奏でてはじめて、楽器は空を飛べるからだ。けれど、敵の楽器はひとりで飛んでいたという。闇を固めたような黒一色の装いで、遠くまで轟かせるように緑光の源に浮かんでいたと──その楽器が今、すこし離れた場所に浮かんでいる。
ぎくりと、その存在に気がついたフロイデが身を強張らせる。大量の兵士の襲来を予想していたから、すこしだけほっとした。現れた敵は目の前の楽器、ただひとりだ。不気味ではあるが、彼を抑えればなんとかなる。
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