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2-6
ナイメリアは、宮殿の端にある薔薇園へと走った。白い球体に囚われたフロイデが、そちらへ運ばれていくからだ。宮殿の中ですら、あちこちで戦闘の気配があった。どうやら敵兵はもうここまで入りこんでいるらしい。誰かに助けを求めるべきだが、誰の姿も見当たらなかった。走るうちに、フロイデがどこへ連れていかれようとしているのかがわかった。予想どおり、楽舎の屋根の上でフロイデを運ぶ白い球体は止まった。楽器の青年が、地上と空に指示を送る。周囲を飛んでいた三組の楽器たちが散開し、楽舎を守りにきた地上の兵たちを三方から食い止めている。地上では、敵兵が楽舎の扉を無理やりにこじ開けていた。中の楽器を奪う気だろう。
茂みの中から周囲を観察し、楽舎の屋根まで続く梯子があるのを見つけた。あそこに登れば、空に囚われたフロイデに近づける。三組の楽器たちはすこし離れた場所から地上へ目を配り、楽舎自体には注意を払っていない。フロイデをここまで運んできた青年の楽器は、楽舎の中に興味があるようで、下へ降りていった。行くなら今しかない。木の梯子を一段ずつ登った。誰もこちらに気づいていないのを確認し、そっと楽舎の屋根に飛び移る。フロイデを捕らえる白い球体が目の前に浮かんでいた。
「フロイデ。フロイデ……!」
目を閉じたフロイデは意識を失っている。小声で呼びかけても起きる気配がない。もっと近くで声をかけてみるしかない。あまり大声を出すと、周囲の敵に見つかってしまう。今はなんとしてもフロイデの力が必要だった。宮殿に踏み込まれた以上、黒鍵の兵の支配からは逃れられないだろう。それでもフロイデさえ目をさませば、王宮の者や兄が逃げる時間を稼げるかもしれない。そのためには力が必要だった。フロイデが放つ莫大な音の力が──白い球体は硬く、素手では壊せそうにない。フロイデが目覚めれば、音を紡いで中から壊せるかもしれない。もう一歩近くへ──そう足を進めたとき、急に足元の屋根が動いた。
「う、わっ!?」
足場がなくなり、楽舎の中へ転げ落ちた。楽器を保存するケースの上に落ち、そこからバランスを崩して床へ転がる。
「こいつは……空からお嬢ちゃんが降ってきたな」
身を起こすと、楽舎の中は綺麗に空っぽになっていた。楽器がすべて外へ運び出されている。部屋の真ん中の陳列棚が移され、広い空間ができていた。落ちた場所のすぐ横に、床下へ続く収納戸がぽっかり口を開けていた。男たちはそこを今から調べようとしているらしい。楽舎の入り口に、あの青年の楽器が立っていた。屋根を開くレバーにかけていた手を、静かにおろした。明かりを取りいれようと屋根を開いた瞬間に、運悪く屋根の上に乗ってしまったらしい。楽器の青年は冷ややかな瞳だった。
「そいつはソティルだ。殺せ」
ひと息つく間もなかった。
ためらいもなく、一番近くにいた男が剣を抜き、それを思い切り振り下ろす。切っ先は真っすぐ、自分の胸に向けられている。
とっさに、転げ落ちるように身を動かした。
すぐ右横にあった床下収納の穴へ落ちる。浅い床下でもんどりうち、止まった。
「はっ……」
荒い息で薄暗い床下の空間を見るが、四方は壁だ。抜け道はない。埃っぽい土と蜘蛛の巣があるだけ。低い天井のせいで立つこともできない。
終わりだ──ここで死ぬ。殺される。
下卑た笑いが頭上であがる。
剣を振り下ろした男が、獲物をいたぶるようにゆっくり床下へ入ってくる。
唇を噛み、しりもちをついたまま後ずさった。
死ぬ。ここで殺される。
嫌だ。
浮かんだ涙を見せたくなくて、声をかぎりに叫んだ。
「フロイデ! フロイデッ……!!」
「じっとしてな。楽に殺してやるから」
男の剣が心臓を狙い、つき刺すように襲ってくる。
息をつめ、左へ避けた。
避けきれなかった左上腕がざっくりと斬れ、熱をもった痛みが震えに変わる。
避けた拍子に転がり、四つ這いになった。
体勢を整えるだけの余裕もなさそうだ。
男がとどめを刺しにくる。
振り上げられた剣の切っ先が、背後で光る。
嫌だ、嫌だ!
すこしでも遠くへ逃げようと、土の上を右手であさる。
こんなところで死にたくない。
誰か。誰か!
──……フロイデ、フロイデ、フロイデ!
助けて──ッ!
右手が硬い鎖に触れる。なにかがあった。
とっさに硬い鎖を握りこんだ。
刹那、激痛とともに目を灼くまばゆさがあたりを包んだ。
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