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 窓際にグランドマエストロが険しい顔で立っていた。叔母のベッドの横には、長身の赤髪の男性──楽器のヘロイが、祈るように頭を下げ、叔母の手をとり座っている。様子をみていた医師が、グランドマエストロに首を振り、こちらには軽く会釈をして、逃げるように部屋を出ていった。 「ナイメリア様」  グランドマエストロが硬い顔で挨拶を寄越したが、視線はベッドの叔母の姿に釘付けになっていた。叔母の体は白布で覆われ、その多くは見えない。けれど、人体としてあり得ない方向に手足がねじ曲がっているのはわかる。包帯まみれの叔母が呻き、荒い息で顔を上げる。その目は片方しかなく、顔半分は爆発で焼かれたように潰れていた。 「な、ないめい、あ……」  不明瞭な声につられ、フロイデに支えられたままそばへ近寄った。恐ろしかった。叔母のグランティーヌは凛々しい女性で、戦場の女神と称えられるほど美しかった。その豊かな黒髪はすべて焼け落ち、肌のすべてが火傷に覆われている。叔母がみじろぐと、しゃらりと鉄がこすれる音がした。音の先を見て、ハッとした。叔母の体にはあちこちに鉄鎖が巻きついていた。首にも、ねじ曲がった腕にも、角度のおかしな両足にも……鎖は肌に食い込むほど強く締まり、どこにも垂れ下がるような余裕がない。まるでその鎖に四肢をちぎられかけているように、叔母は苦痛に顔をしかめ、涙を流している。 「……私が、後を引き受けます」  震える声でようやく言えたのはそれだけだった。どういう経緯で叔母がこれほどの怪我を負ったのかはわからない。けれどそれが契約の鎖と、楽器・ヘロイのもたらした災禍であることは、なんとなくわかった。楽器の奏者がどのようにして死ぬのかは知らない。いま目の前にあるこれが、その答えなのかもしれない。契約の鎖に四肢を締め上げられ、苦しみにのたうち息絶えるのか。となりで支えていたフロイデが、恐怖を感じ取ったようにぶるりと震える。フロイデも叔母の様子をみて怯えている。そう思うと、すこしだけ勇気がもてた。すくなくとも自分はひとりではない。敵に立ち向かうとき、恐怖に震えるときも、死の間際までフロイデがそばにいる。たとえその死の原因が、フロイデ自身だったとしても──青ざめた顔でフロイデが頷くのを見て、反射的に微笑んだ。フロイデとは、心がじかに繋がるように意思疎通がとれる。フロイデは自分のことを案じ、支えになろうとしてくれている。その感情が、触れた肌からひしひしと伝わってくるのだ。  叔母が必死に何かを訴えるように、言葉をつむいだ。 「な、ないめ、リア……がっき、を」  耳をすますと、叔母はひゅうと木枯らしのように喉を鳴らし、声を振り絞った。 「信じて、……は、……だ、め……」  叔母はそのひと言を告げると、ぱったりと意識をなくした。祈るように頭を下げていた楽器のヘロイが、泣きはらした顔でよびかける。 「ソティル……ソティル!?」  グランティーヌはこときれていた。その安らかとはいえない死に顔を、茫然と見下ろすしかなかった。ヘロイが唇をわななかせ、叔母を起こそうと何度も呼びかけ、体をゆする。グランドマエストロの険しい声がそれを止めた。 「止めないか! お前が殺したのだろう?」  そのひと言を浴びたヘロイは、悄然と椅子に腰を落とし、頭を抱えた。 「違う──俺は──俺は、違う。殺してなんかない! ──俺は……!」  呻き動かなくなったヘロイを睥睨し、グランドマエストロは視線で謝意を示してきた。 「申し訳ございません。すぐにナイメリア様の訓練に入るよう言われているのですが、先にヘロイを戻さなければなりません……すこし、待っていてくださいますか?」 「部屋に、戻っているから」  自分の声はからからになっていた。今すぐここから立ち去りたい。フロイデがその意を察し、体を支えて扉のほうへ向かいかける。そのとき、ヘロイが呼び止めた。 「フロイデ?」  フロイデは怪訝と振り返った。ヘロイが茫然と立ち上がっている。 「お前は……フロイデ?」 「私がなにか?」  フロイデはヘロイのことを知らないようだった。今すぐここを出たいのに、呼び止められたことを不快に思っているようだった。そのときになって、ヘロイをようやく直視した。ヘロイの姿はこれまでにも何度か遠巻きに見ていた。叔母の横で快活に笑い、立派な騎士のようにいつも堂々と歩いていた。けれど今、その顔は絶望に青ざめ、涙を流した跡がいく筋もみえる。痛々しいくらいだ。ヘロイの目は驚愕に見ひらかれていた。茫然とフロイデを見て、唇をわななかせる。 「憶えていないのか……?」  フロイデが口を開く前に、ヘロイは悄然と首を振り、椅子に力なく崩れおちる。頭を抱え、それきり黙りこんでしまう。グランドマエストロがその横で肩をすくめていた。まるで「楽器の言うことはわからない」と呆れているようだった。ヘロイに話の続きを促すことはできなかった。体調を案じたフロイデが、部屋から強引に自分を連れ出したからだ。
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