初めての患者

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初めての患者

エリカ・アーネットは、かつて自費出版した本を読んでいた。 『エンジェルバード』と題されたその本は、二十年前、大手出版社から商業出版もされ、重版に重版を重ねて今に至る。 エリカは懐かしむように、やや黄ばんだ紙を(めく)っていく。ああ、あの頃は忙しかった。毎日が決断を迫られ、未知の領域に住んでいた。気弱で優柔不断なのに、常に『いのち』という責任を背負って生きなければならなかった。 医師を目指していた学生時代は、地域の内科医でありたいと思っていた。何があっても、小児科医にだけはなりたくなかった。 多くの人が勘違いしているが、病気の子どもの診察をする責任の重さは尋常ではない。子どもは大人のミニチュアではないのだ。薬ひとつが即座に命取りとなり、様子見のつもりで手遅れになる場合も多々ある。ゆえに大人を診るだけの内科医でありたかった。会話ができ、最終的には諦めてくれる大人ならば、引退するまで医師を続けていけると安易に考えていた。 だが、研修を終え、初めての患者を診察室で迎えたとき、それまで順風だったエリカの運命が大きく(かし)いだ。その患者は、かくも(つら)そうに、車椅子で運ばれてきた。 それは、初診受付票を見ると、まだ八歳の女の子だったのだ──。
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