こわい

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こわい

ノーラは、つつ、と涙を流した。エリカが初めて見た、彼女の涙だ。 「⋯わたしね、生きているのが怖いの。ママがいなくなったのは、わたしのせい。わたしは、ママの命と引き換えに生まれた」 それはトーマスから聞いていた。出産は無理な身体だったのに、医師の言葉に逆らい、ノーラを産んだ。壮絶な現場だったらしい。しかし、それはこの子のせいじゃない。 「エリカ。人は生きていれば、必ず何かを失くすでしょ? わたしはすごく欲張りでわがままだから、何にも失いたくないの。失うのが怖くて、独りになるのが怖くて、小さな頃からそればかりずっと考えてた。そしたら、たった一つだけ、失ってもいいものが見つかったの」 エリカには答えが分かってしまった。それが苦しくて、ともに涙が流れた。 「⋯わたしね、自分の命だけは失くしてもいいって思った。不思議なんだけど、それは全然怖くなくて、いつか何かを失くして、また何かを失くして、失くし続ける人生だったら、自分が消えてしまったら楽かなって思ったの。生きるのが怖い。生きているだけで、我慢しなきゃいけない。だからね、鳥になりたいなって思ったんだ。大空を飛んで、休みたいときに休んで、鳴きたいときに鳴いて。わたしは、鳥に憧れてたの」 医師としての慰めなど、この子には通じないだろう。生半可な言葉では見透かされてしまう。だが、突き放すことはできない。安楽死しか選択肢がなくとも、こころだけは救ってあげたい。 それがすなわち、この子を死に導く結論になったとしても。
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