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食卓にはもう朝のおかずが並んでいた。
だし巻きは今焼き上がったばかりなのか湯気がほんのりと立ち上っている。緑や白がプチプチと浮き出ているのは九条葱や白子だ。その傍らに置かれた鮭の切り身は極厚でプリプリ。淡いピンクの膨らみは朝の控えめな食欲を刺激してくる
あとは京都の朝には定番のお揚げさんと菜っ葉の炊いたんに湯葉と九条葱が入ったお味噌汁。納豆は基本的に京都人は食べない
あんな腐ったもん食べれますかいな、
大抵の京都人はそんな言葉で納豆を斬り捨てる。
「いただきまーす!」
「遅れててもしっかり食べていかはんねんから凛ちゃんは」
「だし巻き全部食べんといてね、お小夜さんにも残しといてあげるんえ」
「まぁま、わたしなんかぶぶづけで…」
凛の家族は彼女とママとばあば、あとは猫の小豆の三人と一匹暮らし。ばあばは朝早くからシニアサークルのラジオ体操やら集いに顔を出すのが日課だから、
朝の食卓にはいつもいない。
その代わりこうして時々向かいの寺町松泉堂の女将、お小代さんが顔を並べる。凛のママとは産まれたときからの幼馴染みで大親友だ。
「ぶぶづけて、今日日もそんなもん食べた人見たことないわ」
と凛。お茶碗に盛られた山盛りのご飯はもう底をつきかけている。
腕時計を見ながら何やら思案する凛にママがぴしゃり。
「あかんえ、もうお替わりはなし無し無し。そんなもん食べてたらまた遅刻え」
「またて。。。」
「けど凛、もういい加減そんなもん背負うのやめてもらわれへん?」
ママの朝イチの挨拶代わりの言葉はここ数ヵ月ずっと変わってない。
それに見るところ今朝はご機嫌があまりよろしくない。
「今のお子はそれぐらい元気があってよろしいえ。うちの#娘__こ__#にも分けて欲しいぐらい」
お小代さんはいつもそう言ってくれるけどママには全然そんな声は聞こえないらしい。
「まぁまぁ、別に学校で木刀を背負ったらあかん言う規則があるわけやなし」
「それがあるんえ、お小夜さん。居合道部ができてから、木刀やら竹光やらを持ち歩く子ができて許可なしに持ち歩けんようになったんよ」
「だから先生から許可もうてるって言うてるやん」
「試合前とか特別な日だけでしょ。それ以外は部室のロッカーにって、先生この前の面談で言うてはったえ」
「それは建て前。先生の大人の方弁やん。刀はもののふの魂やろ、
そんな本身を持たれへんうちらは木刀を魂と思え命と思えと教えられてんねんから、肌見放さず持つのが道理やろ」
「もうこの子言うたら、ああ言うたらこう言うし。いっちょまえの事をたらたらと。ついこの前までおしめつけてそこら辺走り回ってたお子やったのに」
「ついこの前て。もう十年以上前やん。それにうちは小さい時のことはぜんぜん覚えてないから」
凛は小学校以前の記憶はあやふやだ。
いくら思い出そうとしてもこの家での自分の存在がイメージできない。遊んだり喧嘩したり怒られたり褒められたり泣いたり笑ったり。生きていたら普通に巡り合えることが思い出せないのだ。
同じことをクラスの子に聞いたら悲しいこともまるで涙の数を覚えているようにリアルに話すし、嬉しかったこともその時のことが目に浮かぶかのように目を輝かせて話してくれる。
けど凛ときたら、そんな記憶がボソッと抜けているのだ。
もしかしたら自分はこの家の子じゃなくて本当はどこか遠い国からやってきた異国人の子じゃないかと思ったことは一度や二度じゃない。
中学生に入った頃、真顔で「教えてママ、凛はママの子じゃないよね」三日三晩悩んだ末にそう思い切って訪ねた凛に
「鏡見てみなさい、そんな可愛い子、ママの子以外に考えられる?」そんな子供だましみたいな切り返しで凛をなんなく打っちゃてしまった。
凛のママにしたらおそらく思春期の頃の誰にでもある妄想症候群の一ページぐらいにしか考えていなかったんだろうけどあれから四年、高校生の今になってもそんな気持ちをまだ持ち続けている彼女を知れば、今度は何て言うんだろうか。
「行ってきまーす!」
凛の特別な日の始まり。
日差しも暖かくて寺町通りを吹き抜ける風も肌に心地よい。
今宵は月夜のいい天気になりそうだ。
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