死番お凛

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死番お凛

凛は今日は部活には顔を出さなかった。 なんでなん?テスト中でも休みでも稽古をか欠かさないあんたがよ さてはおぬし…… 凛さん、彼氏できたんや、でも溺れたらあかんえ ちゃんとし〇〇だけはして お凛にも春が来たかぁ? うわあ、やめて凛、女になるのは ラインに並ぶアホな仲間のメッセージを既読もせずに黙殺して凛は女人坂をスタスタと早足で降りてゆく 東山を背に鴨川の西に位置する東山純心女学院 高等科、正門を出るとそこそこ急な下り坂が七条大橋まで続く。通称女人坂。 放課後になると、車一台通ればかすかすの下り一方通行のこの坂は秋冬春は薄茶色の夏は淡いクリーム色のセーラー服で埋め尽くされる 家路を急ぐ彼女たちの足元を鴨川から時折勢い良く吹き上がる川風がそのセーラー服のスカートの裾をひらひらと揺らせ、髪の毛を優しく撫でていく。 京阪七条駅からの出町柳特急に乘った凛は席には座らずドアの前で仁王立ちに立っている。 現在は京阪電車は地上ではなく京都市内を南北に流れる鴨川沿いの地下をゆく 凛のじいじやばぁばの若い頃には春ともなると川沿いの桜並木からは桜香が香るほどに心地よい春の風を車内いっぱいに受けて走っていたそうな。 ゆりかもめと川床と朱色の京阪電車、 それが鴨川を彩る景色の三点セットだったらしい。 「今日はいつもより髷らしく結えた」 背中に背負ったリュックの横にぶら下げられた花柄の何やら怪しげな長方体を除けばガラスに映るのは紛れもないセーラー服の今時のJKだ。背中まで届く髪は後ろに束ねて一つに結わえてる。 学校の規則で髪の長さの規制はないけれど、一つに束ねるのが規則になっている。但しツインテはダメでお団子もダメ。学校内だけではなく凛の高校では通学中も禁止されている。登下校時、関係者に見つかるか写メでチクられるかすると一週間の停学が待っている。 ただ凛は後ろ手に一つに結わえたこのポニーテールがどんな髪型よりも大好きだ。 何故って、刀や木刀を持ってこれほどぴったりくるヘアスタイルって世界中どこ探してもないから。 ポニーテール=総髪 徳川の時代も煮詰まって丁髷が非合理的、非効率的なものとなり、幕末の京の町では髪を後ろ手に一つにまとめた総髪が当たり前となって、そんなもののふが通りに溢れた。 幕末の京都市中を我が物顔に闊歩した新撰組の隊士たちはその代表的な面子だ。 だからポニーテールは凛にとっては特別。木刀や刀を持ってポニーテールを結うと自分がいっぱしのモノノフになったような気にもなる。イメージは幕末の維新の新撰組隊士。 もっと言えば新選組の沖田総司様。凛のモノノフ道の原点とも言っていい人。 目標であり師匠でありそして憧れの君なのだ。 彼が初めて凛の夢の中に現れたのは13歳、中学1年のとき。 ただたまに見る夢はまるで少女コミックの一ページを見るようで リアル感のないおとぎの国の王子様のような沖田総司だった。 それが高校に入学して居合道部に入って、日々刀と向き合うようになってからはその夢が一変する。 初めて見たその夢を凜はまるでハードディスクのビデオを再生するように今でも事細かにプレイバックすることができる。そしてそれ以降、夢を見る度に自分の中で何かが変わってゆくのを感じた。 まるで夢の中の凜がリアルな自分に乗り移っていくかのように。 そう、あれは二年前の春も盛り、高瀬川に桜の花筏が流れる頃 手を伸ばせば届きそうな十六夜の月を愛でながらソファの上でうつらうつらと寝落ちしたそんな日の夜の夢だった ※※※ 「待ってられねぇな」 「歳さんも無茶な人だなぁ、これだけの面子しか揃ってないのによくそんなことが言えるなぁ、尊敬しますよほんとに」 「お前とお凜がいれば百の手練だってそれなりに相手できるんじゃねえのかい」 「ふっ、凛ちゃんはともかく、 私にはもう過度な期待はしないでくださいよ、歳さん」 私の目の前にいるのは紛れもないリアルな沖田総さんと土方歳さん。 何で私がそこにいて凛ちゃんとかお凛とか呼ばれるぐらいの立ち位置にいるのか それは勿論夢だから、そこら辺の前後の脈絡はズボって抜けてる。 「階段も廊下もここの宿は他に比べたら結構狭い。少人数で多勢を相手にするのはお誂え向きの宿だ。先に切り込むやつが三、四人ぶった斬れば事はすんなり進むはずだ」 「うわぁ、ここで死番ですか、きっついなぁそれは」 総さんの目が憐れみを帯びて私に向けられる。 それでも臆することなく「ふんっ」と意気込んで見せるおバカなわたしがそこにいた。 「そういうことだお凛。いけるな?」 何故か胸の前で小さく手を上げ「ハイ」って呟くわたし。 まるで授業か何かで先生にあてられた生徒みたい。 「いいか、躊躇うな。見えたら切れ。呼吸が間合いがとか死番にはそんなのは関係ない、誰を斬ってもかまやしない。目の前を横切るのはすべて斬れ どうせあんたの前には仲間は出なやしないんだから」 肩を引き寄せられて耳元で囁かれる声。それは紛れもない沖田総様の声で 夢だというのにその体からはお香の匂いまでも香り立っているかのよう。 場所は京都、時は幕末維新。 私はどうもあの有名な池田屋の前にいるらしかった。
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