池田屋夢中

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池田屋夢中

ふと頭を過ぎった。 これは夢じゃないんじゃないのかって…… 夢を見てる人間は絶対夢を見てるなんて思わない、よくそう言われる。 現に私も生まれてこの方、夢の中でこれは夢だと感じたことも思ったことも一度もない。 それがこの時は見るもの触るものが生々しくて鮮明でまるでリアル8Kハイビジョンの世界に我が身が落とし込まれたみたい 背筋が汗でじっとりと濡れている。 おそらく駆けてきたんだろう、額の汗が眉間を通り過ぎて今にも唇を濡らす。ペロッと舌なめずりをすると塩っぱさが五感に伝わった。 季節は夏も盛り、洛中では祇園祭の宵山が盛り。 通りを一つ隔てて鐘や太鼓のお囃子やら、粽売のわらべうたが脳幹にびんびん響くほどの勢いで聞こえてくる。 夢って自分の知識の泉から構成されてるものだから、池田屋騒動がどういうものだか私が理解していなければ話は進まないはず。 でも不思議なことに私は池田屋がどうのという言葉は見聞きした事はあるものの、詳細については全く無知で、総さんが血を吐いたという事実以外何も知らない。 なのにこれほどリアルにこの池田屋騒動の下りを再現できる私って何なのか。 夢じゃない、夢ではありえない、そんな夢のような世界に割り切れない諸々を纏いながら 私は池田屋の前にふわふわと立っていた。 「斬っちゃって良いんですね何でも」 選ばれし新撰組の死番が吐く言葉じゃないし……。 でも周りにはぜんぜん違和感がなくて、歳さんも総さんもうんうんと頷いて口角を上げたまま。 まぁ改めて言うけど夢の世界だから 私の姿も下は袴らしいものを履いてはいるけどトップスは東山純心のクリーム色のセーラー服。 履物も草履じゃなくてナイキのスニーカーという出で立ち。 それに対して誰一人として突っ込む気配はこれもない。 まぁくどいようだけど夢だから……。 「じゃ行きます」 誰に言うともなしに私は月も出ていない闇夜の中で声を上げる。 何故か開いている勝手口から腰を屈めて中へと踏み入ると土間には今にも消えそうな行灯が1つだけゆらゆらと灯っているだけ。 確かにこの明るさでは人影は確認できても誰が誰だかは見切れない、目の前にあるもんを斬っていかないと命がいくつあっても足りない訳だ。 辺りを伺いながらキュキュキュっと時代には似つかわしくない靴音を鳴らし摺足で歩を進める。 ここがあの池田屋。 そこに自身が存在していても俯瞰目線は常にあって恐怖感はそれ程は感じない ただピンと張り詰めた空気はやっぱり半端じゃなく、獣のような息づかいは後ろに控えるみんなには聞こえていなくても私にはリアルに伝わってきていた。 10人…いやその倍は居るようだ。 行燈の薄明りに照らされて、二階へと続く階段が目の前にふわりと浮かび上がる 闇に慣れた目に見えてきたのは意外に狭くて窮屈な空間。 人の肩幅程しかない仰角45度の京町屋特有の階段は攻めあがるうえではこの上なく不利に決まってる。 そこになだれ込むように飛び掛かってくる相手、刃の雨に晒されるのは目に見えていた。 首尾よく上に上がれても、 振り上げれない刀、取れない間合い、見きれない太刀筋、さばききれない剣先。 さぁどうするんだ、死番お凛よ。
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