延長される列車

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そう思っていたら、妻は突然、呆気無く妊娠した。 勿論僕の子じゃない。僕の部下の、”誰かの”子だ。 僕が接待で酔い潰れて、部下が三人がかりで家まで送って来てくれた事がある。 その時に、酔いの覚めた頭で、この目で、僕は見てしまった。 三人の若い部下と妻が、交代で代わる代わる”まぐわって”いるのを。 妻が両足を広げ、「子供を…子供をちょうだい」と喘ぎながら悦んでいるのを。若い男のを、恍惚とした表情で貪っているのを。 「いいよ…すっげー気持ちいいよ…奥さん……」 そう言い乍ら妻をまるでオモチャのように好き勝手に動かして、後ろから前から飢えた獣のように犯していた男達を。 悍ましい糸を引いて伸びる唾液や精液までもが、はっきりと見えるかのように、その酒池肉林の光景は目に焼き付いて、今でも忘れる事が出来ない。 妻は変わってしまった。 結婚してすぐに授かった僕達の子を、流産した時から。 流れたのは男の子だった。 それ以来、僕達の間に子供は出来なかった。 それでも妻も、僕や妻の両親も、子供を欲しがった。「早く次の子を」と僕達をせっついた。 そして妻は精神科に通院するようになった。 妻の両親は僕を責めた。何故もっと優しくしてやれないのかと。 妻が流産したのも精神を病んだのも、全てがまるで僕のせいであるかのように。 そんな妻の両親の態度に腹を立て、僕の両親も、いつしか僕達と疎遠になってしまった。 病んでしまったのは仕方が無い。 だが、そんなに子供が欲しいのか? あんな事までして、誰の子か分からない子供でも欲しいというのか? 妻を『頭のイカれた女』だと、慰み者にするような男達の子供でも? それでも僕は、妻にも三人の部下にも、何も言えなかった。 あの夜見た光景を見なかった事にして、いつも通りの毎日を暫くは続けた。 でももう、それも限界だった。 僕の中で張り詰めていた糸が、キリキリと伸びて、今朝プッツリと切れてしまったのだ。 何処でもいいから遠くへ行きたかった。逃げ出したかった。 そして今まさに、何処かも分からない場所を逃げている。 「次はさつき駅ーさつき駅ー」 ドアが開いて、乗客が一人降りて行った。僕の他に乗っているのは、もう数える程しかいない。 それらの乗客は皆、何かに疲れて絶望しているかのように見えた。
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