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「次は端午駅ー端午駅ー、お降りの方は―…」
車内アナウンスを聞いて、僕はふと違和感を覚えた。
端午駅…? それ、最初にこの列車に乗った時にも聞いたような……確か、その前のさつき駅も…。
そして次のアナウンスを聞いて、それが僕の思い違いではない事がはっきりした。
「次は鯉のぼり駅ー、鯉のぼり駅ー」
間違いない。”鯉のぼり駅なんて、おかしな駅名だな”と思ったから覚えている。
そして、確か次の駅は……
「次はちまき駅―、ちまき駅ー」
そうだ。ちまき駅だ。
一体どういう事だ?この列車は山手線みたいに、同じ場所をグルグル回っているのか?
「違いますよ…延びているんですよ……」
声に出してはいないのに、僕の疑問を読み取ったかのように、少し離れた場所に座っていた女性客がポツリと言った。
歳の頃は30代前半から半ば位、だろうか? やはり何か疲れて、元は綺麗なのだろうが顔色は悪く、やつれたような様相を呈している。
「最初の駅から、延長…されているんですよ…。私達乗客に決心がついて、全員が降りるまで……」
「決心?それはどういう…」
「ここに乗っているのは皆、五月に子供を亡くした者達です…。私も…そしてあなたも…」
五月? 確かに、妻が結婚してすぐに授かった男の子を流産したのは五月だった。
本当なら、端午の節句の、お祝いの月なのにと、妻がそう言って泣いていたのを覚えている。
あれから5年。産まれていれば、今日はお祝いの日だ。
「なら、”延長”っていうのは? ”決心”っていうのは、どういう事なんだ…? この列車は、同じ場所をグルグル回っているんじゃないのか…?」
「この列車は一見、そのようにも見えます。けれど、”場所”というものは存在しないんです…」
存在しない? どういう事だ?
僕の疑問を察したかのように、女が言葉を続けた。
「普通の列車なら、乗客がいようといまいと、毎日決まった時刻に決まった駅に停車するでしょう…? でも、この列車は違うんです…」
「違う、って…?」
「この列車は月に1回だけ、その月に亡くなった子供に未練がある者だけが乗れるんです…。その子の元へ行く為に。だから、乗客が降りるべき駅で”決心”して降りて、誰もいなくなったら、この列車の役目は終わり…。列車も、その瞬間に消えて失くなります……。逆に、なかなか決心がつかなくて降りられない乗客が一人でもいれば、この列車の運行は延長されます…。最後の一人が、決心出来る迄……」
「まさか……」
そんな列車がある筈ない。夢だ。僕はきっと、奇妙な夢を見ているんだ。
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