延長される列車

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「私の娘は自殺でした……」 誰にともなく、いや、僕に言っているのだろうが、僕の顔は見ずに俯いたままで、女はポツリと言った。 「学校で苛めに遭っていて…雨の日に、学校の屋上から飛び降りて……。なのに私は気付いてやれなかった…。ケガをして帰って来たり、靴を失くしてしまったと上履きで帰って来る事もあったのに…。”この子はドジで抜けてるところがあるから”と……あの子が死ぬ迄、何も気付いてやれなかった……」 そう言うと、女は目に大粒の涙を浮かべ、両手で顔を覆って嗚咽を漏らした。 その声は、”もう耐え切れない”とでもいうように、次第に大きくなっていった。 子供のように声を上げて泣いている女を見て、僕は流産した時の妻の様子を思い出した。 やはり大きな声を上げて、子供のように泣きじゃくっていた。 妻があまりに泣くものだから、僕は「そんなに泣くと、この子も悲しむよ」とか、「またすぐに、次の子供を授かるよ」とか言って慰めるしかなかった。 そう、口下手な僕が、なんとか必死に言葉を絞り出して、悲しむ妻を宥めたのだ。 だが、それらの言葉は却って妻を悲しませ、怒らせて、妻を孤独に追いやっただけのようだった。 妻は僕にも他の誰にも、心を閉ざしてしまった。 亡くなった子供と二人だけの世界で生きていた。 僕に求めたのは、”その子の弟か妹”を作る為の、”種付け”だけだった。 なのに何故、僕がこの列車に乗っているのだろう? 妻なら分かる。だが僕が”未練”? 死んでしまった子供に? 亡骸を抱いて号泣する妻を見て、執拗に子供を作ろうとする鬼気迫る顔を見て、うんざりしていた僕が? 妻と部下達の乱交を見て、妊娠したと聞いて、正直もうあの家から出たいと、何処でもいいから逃げ出したいと思ったのは事実だ。 仕事も家庭も、何もかも放り出して消えてしまいたい。そう思って滅茶苦茶に電車を乗り継いだ。 そして今は、この寂れた3両編成の奇妙な列車に乗っている。 だが僕に、死んでしまった子供への未練などあるだろうか? 産まれた時、既に死んでいた子供に? 産声も上げず、僕の指を握る事も無かった、まるで石のようだった物体に? 「あなたは…奥様が酷く悲しんだ分、ご自分の気持ちを封じ込めてしまったんでしょうね……」 声に出して言った覚えは無いのに、泣いていた女が少し落ち着きを取り戻した声でそう言った。 「奥様の悲しみを和らげようと必死で、自分の悲しみを表に出せないまま、ずっと閉じ込めてしまった…。多分、今日までずっと……」 「馬鹿な…僕はもう子供なんか欲しくないと思ってたんだ。もしもまた、あんな辛い思いをするくらいなら……」
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