お天道様、ごめん!

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 最近、電車内で変な男を見かける。ずんぐりとしていて、髪型は金髪のオールバック。いつもスーツ姿で、風貌からは考えられないほど子犬のような瞳。身長165cm・年齢30歳ほどのその男。芸能人で言うなら仙台出身のコンビ芸人、『サンドロールマン』のサングラスをしている方みたいだ。  その男は、電車内に乗り込むと空いている座席に目もくれず、ビジネスバックを足元に置く。吊り革2つを両手で持ち、体を伸ばすような動き。ある程度体を伸ばすことに満足すると、鞄から500mlの牛乳を取り出し、それを一気に飲み干す。 『あぁ、今日もお天道様に近づいた』  その男は、牛乳を飲み干すと、満足そうにそう言うのが口癖だった。  いやいや、何がだ……。そんなことを思いながら、整体師である私は今日も勤務先に赴く。  後日の朝、あの男はまた電車に乗り込んできた。今日も前と同じルーティンのようなことをこなしていく。今日は時折ジャンプする動作も織り交ぜているっぽい。 『あぁ、早く君に会いたいよ』  今日の男は、牛乳を飲んだ後にそう言った。一体、誰に向かって言っているのだろうか……。若干の薄気味悪さを感じながら、私は今日も勤務先に赴く。    その後も、連日あの男は電車に乗り込んできた。同じ時間の同じ車両。やはり、いつものルーティンをこなす。日に日にその男の動きは躍動感を増し、全くの恥じらいもない様子へと変わっていった。何かへの強い思いが動きとして表現されている、そんなことを思わせる動きだった。いつも私は同じ車両の同じ席に座るのだが、日に日に男との距離が近づいている、気がする……。  今日も君に近づいた、早く君に会いたい、もっと大きくなりたい、もう我慢ができない、早く解放したい、後少しで会えるね。  男は、日に日に気持ちの昂りを見せ、そんなことを言うようになった。  身の危険を感じた私は、明日から別の車両に乗ることを決意する。男のせいで私が行動を変えないといけないことは、なんだか腹立たしさがあるが、背に腹は変えられない。明日からはストレスフリーな朝を迎えよう。朝は牛乳なんかではなく、ブラックコーヒーでも飲んで、さっぱりとした気持ちの良い朝にしよう。そんなことを思いながら、今日も私は勤務先に行く。  その日の午後6時、いつも通り整体師である私は、お客様の施術をしていた。今日最後のお客様の施術をしようかというとき、私は身を硬直させる。なぜなら、あの男が来たからだ。  私は何事もなかったように男を施術室に向かわせ、施術の準備をする。あぁ、頼むから何も起きないでくれ……。お天道様にそんな願いを込め、男の施術へ。 「今日は、どんな風に施術してもらいたいかなどありますか?」 「そうですね……。体全体をほぐしてもらって、歪みをとってもらいたいです。特に骨盤辺りを念入りにしてもらいたいですね……。もっと大きくなりたいので……」  大きくなりたい? 何が? 「……わかりました。骨盤ですね。ではリラックスしてください」  私はそれからいつも通り、施術をした。明日までに伸びてくれぇ……、大きくなってくれぇ……。そんな男の小声が気持ち悪かったが、何事もなく施術が完了する。 「すごく気持ち良かったです。いろんなところが伸びた気がします。また機会があったらきます」  無駄にイケボでその男はそう言い、店を後にした。  あぁ、キモかった……。あの男の担当にならないように、店長に相談しようかな……。  翌日、私は電車に乗った。あの男が乗ってくる車両と隣の車両。ここならあの男と会うことはないだろう、とそっと胸を撫で下ろす。  少し時間が経ち、あの男が乗ってくる一駅前の駅に着いた。電車が発車するが、あの男のことが気になってしょうがない。あの男のことが頭から離れない。ゴキブリの展示があったら、気持ち悪くて仕方がないはずなのに、なぜか見たくなってしまうような感覚……。怖いもの見たさ、みたいな感じ。  そんな感情に頭を支配され、私はドキドキしながらいつもと同じ車両へ。いつも座っている席とは少し離れた場所に座り、男が乗ってくる駅を待つ。  駅に着いた。いつも通り男が乗ってくると思いきや、今日はなぜか女の人と一緒にいる。 「今日は、久しぶりに逢えて嬉しいよ」 「私もよ。ずっと逢いたかった」  二人は仲睦まじそうに、談笑をしている。お互いにニッコリと笑顔を浮かべ、物理的な距離もかなり近い。二人は恋人同士なのだろうか……。 「アメリカへの留学はどうだった?」 「とっても、楽しかったわ。やっぱり日本と違って、いろんなことがビックね。人もそうだし、食べ物もそうだし」 「そうなんだ。……俺はどう? 何か変わったことあると思わない?」 「え? うーん……特にわからない。……ちょっと老けた?」  女性がそう言うと、二人は目を細めて笑い合っていた。 「痛いこと言うね」 「ははは。冗談よ。これもアメリカで学んだの。アメリカンジョークってやつ」 「ははは、なるほどね……。実は俺、最近身長を大きくしようとしてたんだけど、伸びた気しない?」 「え? 確かに言われて見れば……いやでも変わらないわ」  女性がそう言うと、男は肩を落とした。 「でも、なんで身長なんか今更伸ばそうとしたの?」 「いや、君がアメリカに行くもんだから、海外の人って身長が高いだろ? だから、俺もそれに対抗しようと思ってさ」  男は少しドヤ顔だった。 「はははは。身長なんて今更伸びないし、そんなことする必要ないわよ。身長が低くたって、あなたは良いところがたくさんあるわ。可愛らしいあなたが、私はとても好きよ」 「本当かい? いやー、ここ一ヶ月ぐらい君を驚かせようと思って、頑張ったんだけどね。電車で毎日ストレッチをしたり、ジャンプをしてみたり、お天道様に願ったり、牛乳を飲んだり。昨日は、整体にも行ってきたんだ」 「フフフ。そんなことしてたの? あなたって本当に可愛いわね」 「整体に行ったらさぁ、いつも電車で会う人が整体師でさ、めっちゃ気まずかったよ。相手は気づいてなさそうだったから良かったけどさ……」 「本当に? あなた、側から見たら気持ち悪いだろうから、知らないふりをされていただけじゃない? もしかしたら、気持ち悪がられてたかもよ?」 「確かにね。いつも電車で奇妙な行動していたからね。そうかもしれない。あの人に謝りたいなぁ……」 「代わりにお天道様に謝ったら」 「そうだね。お天道様、ごめん!」  そんな感じで、その後も二人はラブラブと会話をしていた。  留学に行っていた彼女に会う前に自分のことを大きく見せたくて、電車でいつもストレッチをしたり牛乳を飲んだりして、整体にも行っていただと……。  ちょっと、可愛いやないかい。  私は、いつもより和やかな気持ちで、今日の施術に取り掛かるのであった。
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