元気で健やかなだけの私達は。

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そんなに、燃えるような恋をしていたかというと、そうではないと思う。 毎晩電話とか会うたびに抱き合ったりとかはしなかった。 でも、数日に一度は連絡をとって、土日はどこかデートへ行き、数ヶ月に一度は旅行に行く。 常時何してるかなんて気にしないけれど、雑貨屋で面白そうなものを見つけた時、喫茶店で美味しそうなドーナツをみつけた時 あげたらどういうリアクションをするだろう、というような本人がその場にいなくても少し考えるくらいはする。 リアルなカップルの距離感なんてそんなもんだとは思う。 喧嘩もせず、沈黙も苦痛ではなく テレビみてこれ伏線じゃない?と言い合うくらいには、仲がいい。 そんな穏やかな日々に、終わりなど早々こないと思っていた、が。 長い前髪、俯いたままの彼ー……綾夫が ある日突然、喫茶店で暗い顔をしながらいつまでもコーヒーをかき混ぜているな、と思ったら 「ごめん、別れてほしい……」 そう、言った。 その瞬間まで前触れがなかったため驚いて体が跳ねた。 とくに私の方に他の男性に気をもったりとか、怒鳴ったりとか綾夫のことをネットにさらしたりとか別れに発展するほど何かをした覚えはなかった。 するとやはりというか、なんというか理由は綾夫の方にあった。 「……さつきから連絡がきて、その パニック障害になったらしくて、助けてほしいって……」 さつき、というのは綾夫の元カノだ。 私は正直、とっさに、そ、そう としか返せず、その後なにかぽつぽつと会話をして。 「あー……ゲームと漫画借りっぱなしだったけど、返す?」 私がそう聞くと綾夫は目を伏せて大丈夫、捨てていいよ、ありがとうと去っていった。 あまりにあっけなかったので夢か冗談かなにかかと思ってカフェオレを飲みきって一息つく。 アルバムに残った綾夫との写真、互いに笑うのが下手で、つーか自撮りも下手でうつしたかったはずのレストランの看板が見切れている。 え?まじ?これで終わり? 5年の積み重ねが数分も満たずに終わることってあるだろうか。でも、元カノの事情を詳しく聞いてだから何?別れる必要ある?とか問い詰めることもせず私も私で淡々と対応してしまったし、いまから追いかけて、それで?て感じもする。 なにか面白いものをみかけても、それを送る相手がいなくなった。 土日の予定がなくなった。 好きと自信をもって言える存在がいなくなった。 守るものが、なんもない。 「……………」 平日もとくに予定もないので残業して帰り道 飲み屋街が嫌だったので人通りすくない道を選ぶと、金切り声が聞こえた。 薄らと赤い髪をふり、周囲になんだなんだといわれながら、そんな女に付き添うのは綾夫の姿だった。 なんというか、突然フラれても怒るに怒れない。 病人相手って、怒るわけにはいかないよな。 パニック障害ってふざけてるわけじゃないんだし、大変なんだし。 付き添う人が必要だとはおもう、それはほんと、そうだと思うけど。 『私この企画成功させるためにほんっっと頑張ったんですよ!最近寝れてなくて!』   私だって頑張ったし寝なかった。 『体重くて……頭痛いし…』 『えー?!大丈夫?片桐さん、代わりにやってくれない?』 私だってそんなに体調よくなかった。 『片桐さんこんにちは…… 綺麗〜体細いですね 優しいし………さつきなんて……さつきなんて捨てられて当たり前だよね……』 捨てられたというか、さつきさんの方の浮気が原因で話し合ってちゃんと別れたんじゃなかったのか? その人がしたこと、思ってること 全部全部病気、つらい思いをした ていわれると急に責め辛くなる いつのまにか元気な私が悪いことになってる。 私の人生は、いつだってより可哀想な子の誰か に奪われて いっそ私にも可哀想という属性は必要なんだろうか。 自殺未遂でもしてみる?元カノがパニック障害だから今カノふったら今カノが自殺未遂起こした てなるとどっちが可哀想でどっちが選ばれることになるんだろうか。わからない 多分可哀想のプレゼンがうまい方が勝つ。大丈夫と思わせたら負けだ となるとその方面じゃ私はさつきさんに勝てないだろう。 「あ、片桐さん今帰りですか?」 「……え、えぇ」 そんなことを考えてカフェオレを片手にもって家に帰らないでいると 私が過去に研修を担当した男の子が声をかけてきた。いまは営業でバリバリ活躍しているらしい 結局営業にいくなら事務の研修いらなかった気もするが。 「一緒に帰りましょうよ〜」 「うん、いいよ」 「夕飯まだだったらどうです?この前お客さんからいいお店紹介してもらって夜だけ開店してて安いけど3時間くらいしかやらないやる気のない店が……」 すごい馴れ馴れしいが、私を狙っているわけではないことはわかる なぜなら彼のこの見かけたらご飯に誘う態度は男女平等でハゲかけてる部長に対しても後ろから駆け寄ってするくらいだからだ。 この前部長はなにかを勘違いしたのかもじもじしながら男から好かれてるかもしれない……と言っていたが、まあつまりそのくらい勘違いされやすいタイプなのである。 「2名ですかー。カウンターどうぞー」 営業時間もやる気なければ接客もやる気がなく しかしでてきた定食は量が多くて美味しかった。 チキン南蛮を口に放り投げて ビールを飲むと、なんか、話して良いかなと思って、私は彼と別れたことをはじめて人に話す。 彼、喜多君は話したことを言いふらさない……秘密を守るタイプだ。 全部話し合えると 「えー!その彼も元カノもめんどくさっ やってらんないすね、つらいと思うけど忘れたほうがいいっすよ」 と喜多君は言った。 「……え?そうかな。でもほら、パニック障害て大変なんでしょ」 抑えきれない動悸、震え、呼吸すらままならない緊張感、不安 そんなことになったことがないから その苦痛はわからないけれど。 「病気は病気で本人は本人で切り離して見ていいと思うなあ いくら元カノや元カレが病気でもいまの新しい相手いんなら戻るなよって話だし戻るくらいならそもそも別れるな、てのと病気の対応は恋人じゃなくて専門医がやるべきでしょ 病気を理由に呼び戻した元カノもそれで戻った男も結局ひどいやつで、片桐さんは被害者だったと思いますよ俺は あと俺はふつーに健やかな人のほうがいいし自分で機嫌整えられるほうが好きだし、メンヘラがウケるのは一時的なもんだと思います、元気出していきましょ」 「………そっか、そう思ってもいいかな」 「大好きな人が可哀想なことになって寄り添うならわかりますよ?でも無から可哀想要素だけで人を繋ぎ止めはじめたらいつまでも可哀想でいなきゃいけないし、終わりっすよ なんか辛いってすぐ言う人すぐ俺みたいな人らを 悩み皆無そうって言いますよね これでもそれなりに辛くて5年くらい片想いしてるのに俺」 「え、そうなんだ!私のほうの話しちゃったから 聞かせて聞かせて」 「えーどうしよっかな……結局あんたの話になっ…… あ、そろそろ出ないと店」 適当にはぐらかされたが、まあもう彼氏もいないことだし定期的に夕飯一緒して聞き出してみるか。 何気ない言葉に救われたので、恩返しをしたい。 片想いが成立するのを応援してあげたい。 直近の目標はそれにしよう。 綾夫もさつきも、もうどうでもいい つらいからなんだ いつも暴れずに頑張ってる、前科もない    私がこの世で一番偉い。そう思って生きることにしよう。 end
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