第9話 お仕置きとお母様からの贈り物

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第9話 お仕置きとお母様からの贈り物

 ある港にある倉庫に私たちはやってきていた。 「ここは……?」  私の問いにイルゼさんは手をポケットに入れてじっと倉庫を見つめながら答える。 「国営の穀物倉庫だ、表向きはな」 「表向きは?」 「ああ、恐らく文書を偽装しているやつらがここを根城にして海賊の支援をしている」 「海賊に手を貸しているってことですか?」  イルゼは小さな声で「ああ」と呟くと、私に詳しい事情を説明してくれた。  この倉庫の管理者の納税申請が怪しく、国家が調査した結果、海賊との癒着が判明したのだという。  そうして恐らくここに近日は海賊もいるはずなのだという調査結果が出たそう。 「でも、どうして……」  私が言葉を続けようとした時、殿下が私の口元を抑えた。  何が起こったのかと思っていると、倉庫の中から数人出てきたところだった。 「イルゼ、あいつらで間違いないのか?」 「ああ、あれはこの倉庫の名簿上の管理者であるヒュード子爵だな。それで、あそこにいるのが実質上の管理者の海賊の船長マスカードだな」  少し身なりがいい人が恐らく子爵で、船長があの赤髪で顔に傷がある男の人のことだろう。  子爵の横に護衛の人間がいて、マスカードはアクセサリーのほかによく見ると腰にいくつか剣を忍ばせている。  私たちは息を殺して彼らの会話を聞いてじっとその時を待った。 「それで? イルゼの笛は?」 「私の部下が向かっている。もうすぐ戻ってくるだろう」 「そうか」  マスカードは葉巻を取り出して火をつけると、ゆっくりとそれをふかしながら子爵にその煙をかける。  煙を受けた子爵は嫌がるように顔を逸らすが、その様子をマスカードは鼻で笑った。 「笛を手に入れたら本当に金貨500枚くれるのだろうな?」 「ああ、契約書にも書いたとおりだ」  イルゼさんのほうへ私は目を向けると、じっとその二人の声を聞き逃さないようにしている。  そして、その時は訪れた。 「行くぞ」 「え!?」  イルゼさんは隠れていた建物の上から飛び降りると、子爵とマスカードのもとへと向かっていく。 「なっ! 誰だ」 「ヒュード子爵、残念だよ。あなたはこの国で珍しい庶民出身の貴族で民衆からも支持が厚かったというのに」  その言葉を聞いてマスカードはすぐさま逃亡を図って、停泊している船のほうへと走っていくがそこに兵士たちが立ちはだかる。 「なんだと?」  そしてうっかりイルゼさんたちの会話に気を取られていた私はうしろから近づいて来ていた子爵の部下に気づかなかった。 「あ……」  気づいて振り返った時には目の前に剣がきていて、私は咄嗟に手をかざした。  しかし、私を守るように殿下が剣を出して受け止める。 「殿下っ!」 「アリス、私から離れないで」  倉庫からわらわらと数十人の男たちが出てきて私たちにそれぞれ襲い掛かってくる。 「イルゼ、そっちは一人で対処できるな?」 「ああ、おたくはお姫様をちゃんと守りな」 「言われなくてもっ!」  殿下は私を背に三人の海賊兵を相手に戦い始めた。  最初こそ数の勢いに押されていたが、殿下はとても冷静に相手の攻撃を避けて反撃していく。  そうして海賊兵を倒したところで港の倉庫の陰からさらに多くの兵士が出てくる。 「な……まだこんなに……?」  そう思っていた瞬間、彼らは海賊兵を取り囲んで一気に取り押さえていく。 「え……? 味方……?」 「ようやく到着したのか、まったく」  殿下はため息をつきながらゆっくりと剣をしまって私の手を引きながら、イルゼのもとへと歩いていく。  すると、イルゼさんのもとに一人の兵士が跪いて報告する。 「イルゼ王子、ヒュード子爵と護衛兵、そして海賊どもの捕縛が完了しました」 「証拠の文書は?」 「無事です」 「よくやった」  私は自分の耳を疑った。  聞き間違いでなければ、今イルゼさんに対して『王子』って……。  どういうことなのか、と訪ねようと殿下の方を向くとふっと笑って私の頬に両手を添えた。 「ふふ、混乱するアリスも可愛い! イルゼは見ての通り、セラード国第三王子だよ」 「……えええええーーーーー!!!!!!!!!」  私の叫びが港中に響き渡った──。  こうしてセラード国での最初の日はとんでもない大騒動に巻き込まれて終わった。  ヒュード子爵と海賊船長マスカードは牢に入れられて裁判を受ける予定なのだというが、イルゼ王子曰く牢からは一生出られないだろうとのことだった。  それほど今回は国家を巻き込んだもので国益を大きく損ねたということで悪質性も高かったそう。  他国への影響もあったため、セラード国王は近隣諸国と協力してこれからも海賊征伐を続けていくらしい。  そして、私たちは今回の事件に貢献したとして王宮に招かれていた。 「ミレーヌ様は私の魔法の師匠だということは本当だ。お世話になった。わが国では魔法は王族のみ使用できる」 「イルゼさ……王子は、お母様を知っているですね」 「イルゼでいい。ああ、それにあなたの隣にいるニコラ殿下もな」  私が「お知り合いだったのですか!?」と驚くと、不服そうな顔で「一度あっただけだ」といっている。  どうしてこんなにこの二人は仲が悪いのかな?  でも、なんとなく一方的に殿下がイルゼさんを気に入らないという感じだけど……。 「ミレーヌ様は私を救ってくれた。魔法制御ができずに命が危うくなっていた私に制御魔法をかけて助けてくださった」 「そんなことが……」 「この笛はミレーヌ様からもらった魔法発動と制御のための魔導具だ。それ以降、私は魔法の研究と魔導具師としてあのアトリエに通っている」  ネックレスにしている笛を大切そうにぎゅっと握り締めると、イルゼさんはおもむろに立ち上がった。  そうして後ろの棚にあった木箱を私に手渡す。 「これは?」 「三カ月前、ミレーヌ様がやってきてこれを作るように依頼された。アリス、君の魔導具だ」  それはネックレスになっている小さな指輪だった。  私はそれがお母様の着けていた指輪だと気づいて、ふいに愛おしくなって喉の奥がツンとした。 「お母様……」  久々に再開したような気がして、そして元気だった頃のお母様を思い出して目が潤んでしまう。 「ミレーヌ様が亡くなったことは知っている。彼女から死ぬ直前に魔法で作られたメッセージが届いた」 「お母様が……」  私は木箱からそのネックレスを取り出してつけてみる。  サイズもぴったりでそれでなんだかあたたかい感じがした。 「お母上からあなたへの贈り物だ」 「うぅ……ありがとうございます、イルゼさん……」  私はお母様からの贈り物を抱きしめて一晩中泣いた──。
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