第4話 海の幸を召し上がれ

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第4話 海の幸を召し上がれ

「う……ん……」  昨日の夜から本とんど眠っていなかった私はあたたかい日差しで目を覚ました。 「おはよう、アリス」 「ふえ……?」  テーブルに突っ伏して寝ていた私の顔を覗き込むように、ニコラ殿下の顔があった。 「で、殿下!?」 「ふふ、いい夢を見れたかい?」  見目麗しい殿下の顔が目の前にある驚きと、寝顔を見られてしまった恥ずかしさで私はさっと顔を隠す。  そんな私の腕を掴んでぐいっと自らに引き寄せると、私と殿下の顔がとても近づく。 「で、殿下。その、恥ずかしいので離していただければ……」 「い・や・だ」 「わ、私を食べても美味しくありませんよ!?」 「私は魔物か何かかい? それにアリスを食べたりしないよ。今は、ね」  意地悪そうな顔をした殿下が私の腕をさらに引き寄せて、ちゅっと音を立てながら私の頬に唇をつける。 「なっ!」 「ふふ、テーブルの跡がついてるアリスも可愛い」  その声を聞き私は青ざめながら自分の頬に手をやった。 「嘘だよ。さあ、さっき車掌さんが食事の準備ができたからと呼んでくれたんだ。一緒に行こうか」  私の手を引きながら殿下は食堂へと向かう。  彼に連れられながら車両を移動して食堂車にたどり着くと、正装をした男性がドアを開けてくれ、私を迎えてくれる。  テーブルに案内されると、そこには普段あまり食べないような高級そうな前菜、スープが運ばれてきた。  とっても美味しそう……。  私は喉を鳴らして、その素敵な料理を目と香り楽しむ。  思わず料理に目を奪われた私は、はっと気づいて殿下のほうを伺うと、彼は頬杖をついて嬉しそうに私を見ているではないか。 「すみません、お腹が空いていたので、ついお料理に目が……」 「ああ、私もお腹が空いた。でも、料理よりも料理を見つめるアリスの表情の方が可愛い」  私をからかうようにそう言った殿下は「いただこうか」と言って料理に手を付けた。  そんな殿下に私は慌てて、でも周りに聞こえないように小さな声で言う。 「殿下、毒見は私が」  すると、殿下はにこっと微笑むと、そのまま料理を口にした。 「殿下っ!」  声が大きくなってしまった私はすぐさま口元に手を覆って、殿下に近づいて小声で話そうとする。  しかし、先に話しかけたのは殿下のほうだった。 「ほら、殿下っていうとバレるから。ニコラって呼んで」 「で、でもっ! さすがにそれはっ!!」 「お願い」  そう言って片目を閉じてお茶目な表情を見せながら両手を合わせて私にお願いをする。  ずるい……そんな可愛い顔されたら、断ることなんてできないじゃないですか……。  私は意を決して、それでも少し遠慮がちに呼んでみる。 「ニ、ニコラ……様……」 「様は余計だけど、まあ仕方ないかな。さあ、冷めないうちにいただこう。毒見は大丈夫だから」 「わ、わかりました。何かあればいつでも言ってくださいね?」 「ありがとう、アリス」  殿下のお名前を呼ぶことになるなんて……。  これから大丈夫かな?  そう不安に思いながら料理をいただくために、カトラリーを持ってみる。  妃教育でマナー勉強はしてるけど、ご当地ものの食材を使った料理などは初めてだからきちんと食べられるか少し不安だわ。 「やはりこの地方のトマトは実が小さい変わりに甘いな」  殿下の言葉を聞いて私もじっくりと並べられた料理を見てみる。  イカ、エビ、貝などの海鮮をふんだんに使った冷製のスープのようで、私が知っているよりも小さなトマトが入っている。  スープを一口飲むと、感じたことのないうま味が口いっぱいに広がり、思わずもう一口と止まらなくなる。 「美味しいっ!」  これ、どうやって作るんだろう?  そう思いながらもう一口スープを口に入れてじっくりと味わってみる。  元々庶民の出だったお父様は、元来の人見知りと寡黙な性格からかメイドを基本雇わなかった。  だから私たち家族は自分たちで料理も作るし、掃除も洗濯もする。  お母さまは料理壊滅オンチだったため、自然と私が作るようになって料理は上達した。  私はこの料理を作ってみたくなって、近くにいたウエイターの方に尋ねる。 「このお料理は何ていうんですか?」 「こちらは『アクアパッツァ』でございます。セラード国西部の郷土料理になります」 「アクアパッツァ……ありがとうございますっ!」 「これから様々な地方のお料理をご用意させていただきます。ぜひお楽しみいただければと思います」 「はいっ! 楽しみにしてます!!」  そうしてウエイターさんがお辞儀をして去った後、もう一度スープを飲んでみる。  魚介の旨味の中に野菜の酸味や甘みが加わってとても美味しい!  これは一体どうやったこんなに……あれ、殿下?  よく見ると殿下は少し不満そうな顔をして私から目を逸らしている。 「あ、あの……殿下?」 「……ニコラ」 「ニ、二コラ様……どうなさったのですか?」 「なんでもない」  少しして私は殿下が勘違いしているのだと気づき、殿下に安心してもらえるように声をかける。 「二コラ様、すみません! きっと二コラ様があのウエイターさんに聞いてみたかったんですよね!」 「へ?」 「あのウエイターさん、素敵ですもんね! ぴしっとされててキリっとなさっているし、トマトもお好きだったから、きっとあのウエイターさんならこの地方のトマトのご説明もしてくださいますよね! ちょっと待っててくださいね! あのウエイターさんを呼んできます!!」 「え、いや、そうじゃなくて……アリスっ!」  私を呼ぶ声がしたような気がしたけど、気のせいよね。  でも本当にアクアパッツァって料理美味しい!  どうやってこんなスープになるのかしら……。  そんな風に考えて食事をし、お部屋に戻る頃にはアナウンスが入った。  『まもなく、セラード国のターミナル駅に到着いたします。ご準備をお願いいたします』 「殿下、いよいよですね」 「ああ」  私たちは大きな荷物を預けた後、セラード国へと降り立った──。
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