第8話 最初からすべて試されていたことだった

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第8話 最初からすべて試されていたことだった

 男の子が案内してくれたのはお店の近くにあった森の中。  その中にポツンと一つだけ小さなアトリエの小屋があった。 「よかったらどうぞ」 「ありがとう! あ、えっと……」  私がまだ名前を聞いていなかったことに言葉を詰まらせると、「失礼しました」とお辞儀しながら男の子は名乗る。 「ポワロです」 「あ、ポワロくん。お茶、ありがとうございますね」  私は用意してくれた紅茶を一口飲むと、なんだか心がほっとする。 「何が入っている?」  私の隣で同じように紅茶を飲んだ殿下が、少し怖い声で男の子に尋ねる。  すると、男の子は棚にしまってあった小さな植物の実を取り出して私たちに見せた。 「この地方でよくお茶にいれるベリーの一種です。体をあたためる効果があるんです、まだこの地方は朝は寒いですから」  そう言えば朝晩は冷え込みやすいって殿下が言っていたことを思い出す。  少し控えめな赤の実のベリーの香りなのかほんのり甘酸っぱい感じもする。 「で……ニコラ様、美味しいですね」 「ああ」  殿下にしては珍しく言葉数が少ないなと思ったけど、さっきあんなことがあったばかりだもんね。  私は机の下で殿下の手の上に自分の手を重ねた。 「アリスっ!?」 「ニコラ様には私がいますからね!」  何のことかわからないと言った様子で殿下は私を見ている。  すると、キッチンから戻ったポワロくんが席に着きながら私たちに声をかけた。 「ふふ、お二人は仲が良いのですね」 「え……あ、す、すみません!」  そこで自分がかなり大胆なことを人前でしているということに気づき、さっと手を引く。  名残惜しいというように口を尖らせて不満な顔をする殿下に、「ほら、ポワロくんの前ですし」とちょっと言い訳を口にしてみる。  そうして少し談笑した後、ポワロくんは大事にしまってあったイルゼさんの形見を私たちに見せて話す。  形見は何かの笛のようなものに見える。 「私はイルゼ師匠に拾われた子どもです。一緒に住んで宝飾店のお手伝いをさせていただいておりました」  そうすると笛がポワロくんの手の中で光っていく。 「え!?」 「これはイルゼ師匠の魔導具です」  私があまりに綺麗な光に目を奪われていると、隣にいた殿下が尋ねる。 「それを知っているということはお前も知っているのだな、イルゼが魔術師だということに」  殿下の言葉を聞いて私ははっと気づく。  そうだ、魔術師や魔女が魔法を発動させるための媒体である『魔導具』について知っているということはこの子は魔術師の存在を知っているということ。 「はい、イルゼ師匠から教わりました。イルゼ師匠は宝飾店の経営者であり、魔導具師でもあります。でも……」  ポワロくんの表情がどんどん曇っていき、険しいものへと変わっていく。 「イルゼ師匠が病気で亡くなって、それで僕がこの店を引き継いでいました。そんな時、この笛を狙う人がきて……」 「なんでその笛を……」 「わかりません、たぶんあの人たちは密輸出をおこなっている悪党なのだと思います」  私とポワロくんが話していると、殿下が思い出したように言う。 「セラード国北の近海で海賊が出たというが、そいつらのことではないか?」 「海賊……?」  私が聞き返すと、殿下は一つ頷いて話し始める。 「海賊の一部で国々を渡り、密輸入や密輸出をする輩がいると聞く。トワネット国でも流れ着いてきていた」  トワネット国はセラード国の隣ではあるが、ちょうど潮がぶつかるところで位置しているため、海が荒れることが多い。  それにたぶん海賊たちはやられてトワネットに流れてきたってことね。 「アリス様、ニコラ様。その悪党を凝らしめてくださいませんか?」  ポワロくんは私の手を握って懇願する。  その手には大事にしているイルゼさんの笛があり、なんだか想いが伝わってくるような気がした。  でもその瞬間、急に私の中でさっき襲われた時の光景がフラッシュバックする。 「うぅ……」 「アリス!?」  苦しそうに目をつぶった私の体を殿下が支えくれる。  ナイフをもった彼に襲われる恐怖心とその時に殿下が助けてくれなかったら……という思考に襲われる。  そうなっていたら、ポワロくんも守れなかった。  酷いめまいと頭痛の中で私は、血だらけになったポワロくんと私をかばって刺された殿下の姿が浮かぶ。  恐ろしい光景が脳内に浮かんできて私の体は震えてしまう。  殿下が何か叫んでいるけど、何も聞こえない──。  真っ暗な闇の中で全てを失った私が一人立ち尽くしている。  血だらけの殿下……私の手にはべったりと血が……。  呼吸がどんどん苦しくなる。  そこでわずかに光が見えてきた。  ぼわっとした白い光のほうから殿下の声がする。  殿下……大丈夫、生きてる。  これは幻だ、存在しなかった未来を、悪夢を見ているだけ。  落ち着け、落ち着け……。  私は怖い思いを振り切ってゆっくりと目を開いた──。  そこには必死の形相で私の肩を掴んでいる殿下の姿があり、私が目を開いたら安心したように一つ息を吐いた。 「アリス……」 「大丈夫です、少し悪い夢を見ていたようです」  ゆっくりと立ち上がった私の耳にポワロくんの声が届く。 「そうか、あの悪夢を断ち切ったか」 「ポワロくん?」 「ふ、ミレーヌ様の娘というのは本当なのだな。では、私も正式にご挨拶をしよう」  ポワロくんの姿が霧で見えなくなっていく。  そうしてその霧が晴れたとき、彼はいた。 「初めまして、アリス」  跪いて私の手にちゅっと挨拶をすると、殿下がその手を振り払って私の前に出る。 「悪趣味だな、イルゼ」 「……え?」  今、殿下はイルゼっていった?  クリーム色の長い髪に翡翠の瞳、ポワロくんと同じ特徴だけどそこにはどこからどう見ても殿下と同じ身長くらいの成人男性がいる。 「あなたが、イルゼさん……?」 「ああ。悪いな、お前を試した。あの悪夢は私の魔法だ。常人ではあの悪夢を振り切ることもできないだろう。だが、お前は強い意思で振り払った。その心の強さ、認めよう」  悪夢の正体を聞いた私は納得する。  イルゼさんは笛についていたチェーンを使ってネックレスにすると、長い髪をさらりと手で払って扉を開ける。 「イルゼさん?」 「行くぞ。あいつらには私の死をわざと噂として流していた」 「やはり、わざとだったのだな」  特に驚いた様子もない殿下を見ると、彼はもうそのことに気づいていたらしい。  もしかして、私だけ何もわかってなかった……? 「数を減らしてやつらのねぐらをごと一気に潰す想定だったが、勘がいいらしい。頭はやはり出てこなかったかったか」 「くどくどと長いな。何がいいたい」 「ニコラ殿、その剣の腕を借りてもよいか?」 「人にものを頼む態度か、それが」  な、なんでこんなに二人はピリピリしてるの……?  そう私が思っているうちに話がまとまったらしく、殿下が力を貸すことに了承した。 「さあ、お仕置きの時間といくか」  イルゼさんは不敵な笑みを浮かべた。  隣にいた殿下に目を向けると、彼もまた少しだけ笑っていた──。
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