3話・帰り道は遠かった

4/4
前へ
/37ページ
次へ
 タクシーが手前の道脇に停まり、他人と関わりたくないし、避けようか迷う。降りたのは一人の女性。大きな瞳、眉が細くはっきりと書かれている。口元から鼻筋へかけて、品の良い博多人形を見るようだ。髪はシニヨンでまとめて、薄紫のワンピース姿。美咲に不審そうな視線を向ける。 「このあたりへ、ご用事」 「仕事帰りです」  首を振り、強く荒い口調にもなる。あなたの道なの、と文句も言いたい。県道が良っかたかなと反省したいところ。正体のわからないのは怖いが、ちゃんとした質問をする人間にも話せなかったのは昔のことだ。  タクシーを拾いなさいな、と女性は納得したようになずく。 「ここだけに飲み屋が集められたから、ただの繁華街じゃないのよ」  相手も言うように、美咲が小学生のころのこと。町では酒など提供する店を一箇所へ集めて、あっちこっちに酒場が出来るのを禁止した。住み良くなったと一部で言われもした。いまでは、カラオケスナックや居酒屋など、自由にどこでも作られている。美咲に関心がなく、いきさつは詳しく知らない。 (なにか心配しているふうだよ)   心に感じた。この場所に不案内な若い子へ事情でも訊きたい雰囲気をしていた。長居をする気はないし、親切な人もいると素直な気持ちになる。 「ありがとうございます。そうします」  この思いを持って立ち去ろう。喧嘩とか変な女性もいる。このまま歩いて行くと、不愉快なことがまた起こるはず。  相手は初めて笑顔を見せる。美咲の言葉に安心したのか、柔らかな口調になる。 「なにかあったみたい。パトカーが停まっていたから」  事件にでも巻き込まれないかと思ったのだろう。喧嘩があったみたい、と女性の親しそうな言葉に答える。だけれど、ゆっくり話す仲でもない。目を転じれば、さっきのタクシーはあてもないように近くへ停まっている。さっそく合図して乗り込んだ。       ☆  近くの総菜屋で、鯖の照り焼きと中華炒めを買い部屋へ帰る。保温釜のご飯でいただいて満腹すると、心に突き刺さるさっきまでの体験が、そんなこともあると、薄雲に覆われる感じで記憶から霞む。公園にいた小母さんたちも、絡んできた女性も悪意を持っているわけではない。ここ何日か、憲治との仲が順調すぎたのだ。彼との関係が悪くなったわけでもない。  それより明日からどうするか。県道を通るしかない。郊外と違い、賑やかな往来があり、色々な店が並ぶ。ただ、町の中心となる役場前十字路まで、アパートへ続く道はない。丘とも呼べない高台が阻んで、古い樹木や珍しい生物もいるなどで、自然保護地域として開拓されてないのだ。郷土勉強や生物研究とか、中学生のころ、美咲は先生に引率されて訪れた。野草や木は好いけれど昆虫が苦手で、すすんで行こうとは思わない。 (憲治さんに逢えば、ゆっくりでもかまわないのだから)  食事あと麦茶を飲みながら、くつろぐのも習慣になり、未来を考えたりする。スーパーで働いていると子供を連れた夫婦も多くて、似たり寄ったりの部分と、その家庭だけの個性があるのも気づく。自分の場合は、と思う。 (結婚しても気取ったり、角ばった生活は無理かな)  かといって近所の主婦たちに混ざり、同じことをしているのは夢がない。(恋人関係でもないし、なにが変わるのだろう)  美咲は男女が結婚して一緒に住む状況を想像できない。映画や小説みたいなものでもないはず。同僚にも家庭持ちは多いが、実感が湧かない。子供を産んでから育てるとして、どうしたらいいのか。まわりや産婦人科でもアドバイスしてくれると思うが、子育てはなにをしたら良いのかわからない。 (逆の立場で考えると) 「わかんないなー」  心の問いかけに、溜め息で呟く。夫婦というものに身近で接したことがない。 結婚願望があるわけでもないし、憲治への思いも、まだ、そこへ結びつくには早い。    3話終  
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加