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4話・男も女も不可解
公園で待っているときに痴漢が襲ってきたらどうするか。 その答えは朝になって出している。仕事が終わると、佳子が前になり更衣室へ向かう。青果主任で五十代の女性が、まだ片づけをしていた。
「お先に。おつかれさま」
佳子は立ち止まり、お辞儀をする。美咲も倣う。主任が笑顔で、言葉を返す。
「礼儀を知っているねー。アルバイトの子たちは、無愛想だよ」
挨拶もないし、わからないことを喋ると不満そうな顔。その点で、美咲と佳子は年配の従業員に褒められる。
「祖母から言われてますから」
美咲は謙遜して答える。古いしきたりや行事も教わっていた。佳子はいつも、女性の嗜み、と良い女性を演じるが、祖父の影響もあると話していた。美咲との共通点でもあり、お互い孫としてかわいがられて、影響を受けている。
美咲の祖母は健在だ。実家でのん気に暮らしているけれど、最近もうろくした、と本人が言う。家から通って顔をいつも見せなさい、との意味なのは知っているし、まだ大丈夫だよ、と冗談で済ませる。もっとも足腰が弱ってきたのは見てもわかる。この町で働くのも、遠くへ行くのに気がひけたからだ。
薄いベニヤ板製のドアを開ければ更衣室。美咲が着替えることで友達は予想もした。
「デートに誘ってもらったか。この制服じゃ、ミイも嫌でしょ」
ベストのボタンを外しながら言う。好きな人がいるのは、日ごろの会話で教えたようなもの。笑いや、どじな部分も女性に必要と教えてくれたのが佳子だ。正式に付き合ったら教えるつもりでいる。
「そんなじゃないけどね」
笑ってごまかす。別れた恋人のことで、男性との交際へ慎重になっていると気づいているだろう。着替えの入った袋をロッカーから取り出す。佳子はボタン付き開襟シャツの裾を丁寧に捲くるのも止めて、視線を向ける。
「それに入れるなんて。普段着」
お洒落しないのか問う。
「大袈裟な用事でもないから」
ジーパンと空色のTシャツを広げる。
佳子は深く追求するたちでもない。だれでも話したいなら喋ると思っているらしい。
「中居くんが、お話をしにきてたわ」
嬉しそうに言う。卓也が、ニンジンの値札を訂正した、とレジへ伝えにきたのは、美咲も見ている。たまたま近かった佳子に言付けたのだろう。それが特別に思えたらしい。彼のことに関しては奥手になるのが不思議だ。彼の仕事ぶりへ感心するけれど、いつもより急ぐので、好い子だね、とうなずくだけだ。美咲は公園のことしか考えてない。上の下着の紐を二度修正してから、Tシャツを被る。
「いい話、聞かせてよ」
佳子が、早く付き合って紹介するように囃す。卓也とどうなのと、いつかゆっくりしたときに訊いてみたい。異性に不自由もしていない友達ではある。男性は観賞すべきものとも言っていたから、そのように卓也をみているのかもしれない。
「そのうちに」
余裕の笑顔をみせて、更衣室をあとにした。男女の関係で考えると、まだ始まってもいないのだから、喜ぶには早いけれど、それでもなぜか嬉しい。
佳子は、勤めようかなと『憩』の雰囲気を見に来たとき玄関で会った。話すうちに同じ目的とわかる。それまで特に親しいわけでもなかった。仲良しグループで群れるのを嫌がっていたけれど皆の注目を集めやすい同級生だった。一番の美人で真面目だが影で異性交遊も熱心、というのが友達の評価。
美咲といえば、同級生たちと高校時代経験する煩わしい問題にも関わってきたが、部活動と昼食時間を交流の場として重んじた。一年生のころを知る同級生だから、それも付き合い方、と受け止められていた。佳子と美咲に特別な接点はないが、例外的な存在と、お互いみられていた節もある。
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