6・彼はヘンタイか

1/3
前へ
/37ページ
次へ

6・彼はヘンタイか

 送り狼という言葉は、兄から聞かされたが、こういうこともあるのか。憲治が身を乗り出してくる。ドアに張り付く美咲。彼を和ませて、変な思いをさめさせたい。 「ほら、夕日が沈むしビールが呼んでいる。字余りでした」  笑って言うが、あまり受けないみたいだ。 「さあ。来てごらん」  優しく笑って右手を頬へ伸ばす。やんわりと両手で掴み退ける。 「お願いだから。ふざけないで」  繰り返す彼に、もう、とため息が出る。  三度目に手首を掴まれた。力は強い、膝のほうへ持って行かれる。 「戯れ上手だな。ぼくは胸の大きい子が好きだよ」  まともに言う男性も初めてだが、視線は多く感じていた。彼の下心をはっきり知った。動いて、雫となり滴り始める汗。胸の谷間から脇腹に生ぬるい液体が流れて、全身が鳥肌立つ。彼はそんな不快感も知らないのか、顔を胸へ埋める。身体に張り付くシャツの汗が水気を肌へ押し戻し、生暖かい蒸気が鼻に伝わる。自分のにおいと彼の髪の毛の汗臭さが肺に充満してくる。 「ちょと待って。やだ」  合意もなく未着してくるものへの嫌悪感が汗に染みて全身へ広がる。シャンプーと芳香剤、人体の分泌物などが混ざり狭い空間に漂う。冷静になろうとするが、蒸し風呂に入りすぎた感じで頭も温かくなり、まわりがぼやける。  彼はベストのボタンを外す。ワインカラーの下着が淡く透けてみえて、シャツを捲くりながら感動の声をあげる。 「もうよして。怒るわ。大声を出すから」  すでに棘のある、しり上がりの口調なのも当然。彼はうなずき喜ぶ。 「汗まみれの制服、いいよ。美咲ちゃんの声も聞きたい。もっと下品に、セクシーに」  なんのことだ。もしかして異性へ尋常でない状況を求める類の趣味を持っているのか。 (げっ。変態)  そうなると、叫べばもっと図に乗るだろうし、すぐにだれか助けにもこれないはず。丸く収めたい思いもある。 「まだ昼間なんだから」 「すぐ夜になる」 「服がしわになるわ」 「クリーニングに出してあげる」  彼はなだめても脅しても効果がない。脚をさすり始める。 「ほんとに嫌なの。やめて」  泣き声で懇願する。 「わかっている。女は恥ずかしいんだ。安心して」  これは駄目だ。諦めかけたが、合意で変なことをされたと思われたくない。なんでも言おう。 「喉が渇かない。なにか飲もう」 「平気だ。美咲ちゃんもぼくの汗を吸うかい」  よけい水が欲しくなるだけだろう。 「そんな。じゃ。トイレ。行かせて」 「トイレ。おおっ」  彼が頬を緩ませて喜んだ。しまった、と気づく。美咲も、男の前で排尿する話は聞くが、色気もないことと思う。しかし、彼ならどうだろうか。 「ここでやれば。うん」  本当の変態だ、と怖気だつ。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加