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7・美咲の内宇宙
高校時代を思いだしていた。
区間賞を取った県予選の駅伝大会。母校は例年順位が中間あたりで、陸上競技に弱くないけれど、注目されるほど強くもないという変な伝統がある。
美咲には始めての大きな大会だが、中学生のころから活躍していた選手とかに混ざりたすきを待つ。今年は全体的にレベルが低いと言われているけれど、上位に入る学校の話。美咲と関係もないように思っていた。
考えていたより早くスタート地点に向かわせられた。現在八位、の情報もどこの学校だと他人事に感じる。接戦しているみたいで、隣にいるのはオレンジのユニホーム。スポーツなら各方面で活躍している学校だ。
相手は県大会のマラソンでも上位に入る谷野由理選手。中学生のときにマラソンを一緒に走ったはずだけれど面識がなかった。そこのチームと近い距離で争っているらしい。有名選手と走ってどれほど離されるかと、逆に気持ちも楽になる。
由理を何気なく窺うと、しきりに腕を旋回させては首を振る。少し頬骨をひきつらせて唇を噛んだ。調子が悪いとは、監督やコーチから情報を得ていたけれど、駅伝だから近くで競うこともないと軽く聞き流していた。相手のことに構っていられないのも確かだし、美咲はこの試合が、一年生のころより充実した高校生活の証と位置づけていた。
由理は先にたすきを受け取った。小麦色の四肢を繰り出して、走る。美咲は見送っている場合でもない、すでにたすきを外したチームメートが、開けた口を歪めて必死にたどりつく。挨拶や労いの言葉は必要もない、たすきをかけながら、走った。
雑木の中に拓かれた緩やかな上りの坂道が急勾配になり、高台までくると、コンビニや大型書店なども立ち並ぶ賑やかな大通り。由理は軽快そうなフォームで走るけれど、動きが鈍い。かなり近づいたのにも気づく。坂道でのペースを乱したらしい。美咲はいつもマイペースで、坂道なら幼いころから慣れている。平坦な道になると心持ち脚も軽い。坂道を無理するとかえって上りきってへたばるのも経験した。
市内の商店街を抜けた給油所の前でたすきをつなぐことになるが、相手はいま走るコースを通学区にする学校。往来は駅伝目当ての群集で賑やかになっている。由理もさすがに有名選手、名前や愛称での声援を受けて走る。そんな中、由理の姿は視界一杯まで広がるまで接近した。負けるなとか頑張れなど、熱のこもった声が乱れ飛ぶ。
確かに美咲も学校関係者が声をかけるけれど、群集の声は、手を伸ばせば肩に届く距離で、右後方へ位置したときに絶叫となった。
(私は悪役か)
気後れした。地元というのはありがたいけれど、よそ者の美咲にとっては偏った意識を持つスポーツなんか知らない人間だ。相手を応援するなら、調子が悪いどころか、体調も思わしくないのに気づけと言いたい。一緒に走っていれば、息が変な乱れ方をしているのもわかる。
結局は追いつけずにたすきを渡したから、勝った思いなどない。集まる輩も、目の前の順位で評価して大喜びだ。しばらくして由理が微笑んで握手してくれたのが救いで、有名選手と張り合ったのは思い出になるだろうと割り切った。区間賞と聞かされて気持ちも和んだが、勝負に負けたのは確かだ。例年より成績も悪く、注目はされなかったし、全国レベルにほど遠いと美咲自身もわかっていた。
(私には、最後のひと踏ん張りが足りないみたい)
そして、いくら頑張っても振り向いてもらえないような気がして、生きる上での不安にもなっている。区間賞という自信も揺らぐが、昔のことだと思うようにしていた。少なくとも、憲治の行動より救いはある。頭の奥へ無理やり押し込んだ彼への衝撃が飛び出そうとするけれど、一度にいくつも考えられるほど器用でもない。
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