8・再会

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8・再会

 仕事の疲れもあり睡魔は訪れたけれど、明け方もぼんやりしている頭。しばらくまろどみ、かなり陽も上がってから遅い朝食を漬物とご飯でやり、うたた寝。重い心は深海へ潜ったまま。  憲治が遣らかした記憶は自動再生して映像を送りこむように、目の前でちらつく。この一週間は客や同僚とのやり取りで紛れさせてた部分もある。この状況では、せっかくの休みも嫌なことを思いだすだけ。  午前十一時ごろに、ベッドの上で寝っころがるのも飽きて、出かけようと考える。なにか買おうかと思うが近くで似合う服は探せないし、新調する気分でもない。アクセサリーもめったにつけないし、部屋のインテリアにも凝る性格じゃない。目的もなくうろつく自分が、とても貧相に思えて出かけるのが億劫になった。  ちゃぶ台にピザ宅配便のチラシがあるのをみつけた。たまに郵便受けへ入るから一緒に取り込んでいる。おいしそうだが、一人では多いだろ、といつか言ってやりたい。 (そうだ。食べよう、思い切り。おいしいのを一杯)  それが憂さ晴らし。迷ってもそこへ行き着くのは、満腹したら機嫌もなおった幼いころからの習慣だ。良く食べて動いたことでマラソンの持久力もついたのだろう。心と身体を元気づけるのは確かだ。  おてんばと言われたこともないけれど、ちょこまか歩くのが好きだった。実家は丘ひとつ越えたところで、小学校から高校卒業までいつも徒歩で通学していた。道のりは一キロメートルと少しだけれど、遊びに行くときなども坂の上り下りをいつもしていたのが、いい運動になっている。  クローゼットから取り出したのは白いフレアのミニスカートに深緑のブラウス。前の恋人と別れようか悩んでいるころに気分転換で買ったのだ。  彼は、世間で問題になる暴力や金に溺れる男性でもなかったから、別れる理由をちゃんと言えないで続いていた。新しい服で待ち合わせに臨んだ美咲を見た彼は言うは言う。 「おまえは大根か」  確かに、と納得するわけがないし、別れる理由はそんなに重要でもないと感じた。 「それしか言えない。はあ、そうか。いままでありがと。じゃ、ね。さよなら」  澱みなく終止符が打てた。いつもそうだ。気持ちを逆撫でして、型だけ繕って、これが男なんだ、との顔をする。一度に説明つかないような、これまで積み重ねたのがなにだったのか、なんとなくわかって虚しくなった。  後ろにして歩く、もう用はない。彼がなにか言う。 「あのなー。思いやりを持てよな」  だれが、と言い返すほどの優しさも失せていた。  成人式の日に、居酒屋へ行ったときもこの服だ。弟は同級生だとかで、会ってもいるという先輩に会う。覚えてもいないが、中学生のころ、お喋り好きで男女問わず話の輪をよく作っていた男の子だ。  声をかけた兄も口達者で、妻の気が強いとか、子供の自慢をする。それから口説き始めるから戸惑う。男性への不信感もあるが、恋に憧れもしていた。子供ではない、おとなの付き合いもあるのか。先輩にはどこか危ない分だけ割りきったところも見受けられた。  そして、あとの虚しさはなんだったのだろう。寂寥とした場所はちっとも埋まらない。快楽は一瞬だけ、それを続けるのがおとななのか。そんな交わりなんて欲しくない。  大根ファッションに袖を通せば、後日の甘美な思いも蘇るはず。変化を与えると最近は身に着けてない。 (心機一転だわ。前にすすまなきゃ)  今日こそ、これを着て食事すべきとき、と考えなおした。縁起をかつぎたい思いにもなる。
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