8・再会

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 町では一番賑やかな十字路。路地に食堂があり、量も多いし貝類がある。どのメニューにもなんらかの型で貝類が入っていて、馴染みになるのは好みだろう。店主に拘りがあると聞き、高校時代もたまに利用していた。歯ごたえとお腹一杯が目的の美咲には最高だし、貝類ならアサリでも牡蠣でもなんでも好きだ。  ほかに好きな食べ物がハンバーガー。その店は十字路の角にある。自棄食いしたいし、当然足を運ぶけれど、目の前に銀行。憲治が勤める場所なのは、知らなかったと自分に言いわけなんてできない。  免許は取ったが、自動車は持ってないから遠くへ食べに行けないのを歯がゆく思う。狭い町でもあり、絡んだ人間関係はすれ違う相手とも結びつくような世間を感じ始めてもいた。  開いた三角の袋から海老カツバーガーをほおばりながら、視線は道向かいへ流れる。変態男がどのような顔で仕事をしているのか、と想像したけれど、いまさら用事もない。  憲治が仕事中に外へいるわけもない。しかし、居た。白いシャツにネクタイ姿の彼は銀行裏の筋道へ入る。  セット注文したサラダの粒コーンが好きだ。あんな男よりずっと、と関係ない顔でいただく。レタスの切れ端まで食べ終えても戻らない憲治。なぜか待ってもいる。反対のほうから入ったか。自分に言い聞かせて、アイスティーを飲み干す。砕かれた氷の不透明な白だけが残った。 (変態で犬を好きなだけが取り柄さ。野球をしてたなんて、それだけが自慢なのよ)  欠点は物凄くある、とあら捜しをしながら外へ出た。人当たりが良すぎるのも女垂らしと佳子が言っていた。それから。ともかく憲治は悪い男性でなければならない。 (そうそう。真面目なのはすけべを隠しているとも聞いた)  世の中の男性すべてが変態なのかと思わせる発想で信号を渡り家路に向かう。途中に書店があるから、雑誌でも買おうと思う。まだ遊んでた高校生のころ、何人かでファッション雑誌などまわし読みしたけれど、似合うわけもないと感じたのは美咲だけらしい。今日は退屈凌ぎに読むのも一興だろう。   銀行裏には駐車場がある。その入り口に白線から離れて斜めに停まる赤い軽自動車。故障だな、と他人ごとながら心配する。開いてたフロントが視線を促すように閉まり、そこへ憲治の顔が見えた。懐かしいとか憎しみもない、いつも脳裏に映るような清々しい男性をしている。  隣で頭を下げる中年の女性。なにごとかと近づけば憲治の声も聞こえる。 「また漏れると思います。すぐにラジエーターをみせたほうが良いですよ」  いつものさわやかな声。ヒートを起こして緊急に水でもいれたのだろう。女性は運転席へ入りながらも頭を下げて、近くの修理工場へ寄るから、とドアを閉めた。  親切な男性だが、仕事中にいいのかな、と美咲は批判的だ。客を相手にした商売だけれど、持ち場を離れてまで、仕事と直接関係ないことをするのは控えるべき、スーパーでもそうだからと考える。常識もわからない、とはさすがにいえない。  戻る憲治にみつからないように、停車した小型トラックへ身を隠す。銀行のところで小太りの上司らしいのと憲治は会った。なにか小言を言われているようだが、丁寧に頭を下げる。潔い、と感じた。 (お節介やきで、悪びれない。そんな男なんて最低さ)  喉の奥で呟くが、そうかな、と疑問を心が投げつけた。 「少しぐらいは良いところもあるさ」  呟いて、建物へ隠れる二人を見届ける。  困った人を助ける憲治の姿が見たくて来たわけでもないけれど、穏やかな思いにもなる。しかし、男性の行動は一瞬先もわからないし、もっと用心深く付き合うべきと頭と心の意見が一致した。わき腹に垂れる生ぬるい感触が蘇り、肘で擦ってから、背を向けて歩く。     
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